「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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| 2007年02月05日(月) |
なんまる人生のわた毛 |
頑張ってたんだなぁ。たぶん、名古屋へ着てからずっと、頑張っていた。過去より小さな頑張りだったけれど、小さくても、頑張ってた。家を出てきたことの成果を出さなければという思考を抱えていたのだ。
頑張らなくてもよかったのにね。気が付いたから止めた。いいよ。もう大丈夫。それにこの頃は現実に楽しみを見つける自分が広がっている。いずれにせよ、私は成長しているんだ。そして私の視点は、今までよりさらに大きく広がっている。 私はどこに行っても、「私として生きていける」。一人になって生きていけるんだ。 頑張らずに生きるとはどういうことか。感覚として分かるような、少し違うような・・・。「こういうことです」と説明できる? たぶん、私という人間は、心も体も1つずつだから、私の心に添って、ひとつずつすることだろう。 私がこんな風に語るのは、私自身が自分の事を一つずつ進めている自分に安堵を感じるからだ。楽しんでいるときには頑張りは不必要なのだ。そうだ。私はなんまる星人だったんだ。今までと同じように、自分を大切にして、なんまっていこう。そうすれば、そのうちに、自分がなんまっていることすら感じずにフワフワ綿毛のように生きる私になるのだから。綿毛は風に吹かれて飛んでいき、あちらこちらで自分を育てる。
先日育成会で、殺人を犯した人の話を聞いた。社会的な罪を犯した人は、おそらく刑に服した後も社会から非難の視線を浴びることがあるのだろう。でも、その方が、自分が罪を犯した根底を見つめ心の傷を癒やしていたら、他者の評価とは関係のない生き方をするのだろう。それに、心の傷を癒やした人は、どんなに自分を大切にすることだろう。どれほどやさしい目をしていることだろう。 私もそのような生き方がしたい。そして、おそらく可能だ。そして私の書いていることは今の日本にない生き方で、これから広がる生き方でもあるのだ。私の中で止まっていた空間も、本日、現実にとけあって動き出した。
ところで、昨日履歴書を出した会社は今日中にお断りの連絡が来た。なるほど、こんなふうにすぐに連絡が来るものなのだな。分かりやすくていい。 いろいろと見ているうちに、「収入があればいいのだから看護師をしてもいいのでは?」という思いも沸いてきた。それと、就職が決まれば次のことが出来る。早く落ち着きたいという気持ちがある。これは焦りだろうか? いや、就職が決まれば、ベトナム旅行の手配が出来るという思いがあるのだ。ついつい先の楽しみが浮かぶのだ。そして、順序を飛び抜かしていては、することを間違える。ひとつずつ丁寧にしていこう。
うん、頑張らずに生きるコツは、なんまるSeijinを生きることだ。
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