「生きていくのに大切なこと」こころの日記
DiaryINDEXpastwill


2006年06月27日(火) 人として生まれること


 子育て支援。0歳児の赤ちゃんとお母さん10組が来られた。毎回、たくさんのおもちゃが用意されるところは、私の思いとは違っている。ところが今日は、おもちゃの中に、軍手の指先にひまわりのお顔がついたものを見つけた。自分の指に嵌めて、ひまわりがにっこり笑って私を見ているのを想像したら、嬉しくなった。
 そばにいる赤ちゃんにひまわりのお顔を見せてみたくなった。4ヶ月の女の子。私は顔を近づけて「今からお唄を歌わせてね」と言った。そして「お花が笑った」を、ゆ〜っくり歌いながら、一つ一つのひまわりを動かしてみた。女の子はひまわりを目で追っていた。次には、ひまわりをおとうさん・おかあさんに見立てて、替え歌を作って歌ってみた。女の子がどんな気持ちかは分からない。けれども私は、ゆっくり歌っている自分と、体の芯にあたたかさを感じられることが嬉しかった。いつの間にか、辺りがしんとしていた。

 午後、0・1歳混合の赤ちゃん組の保育に入った。
力が強くて何かのきっかけで噛み付いてしまう女の子とお友達の髪を引っぱる男の子二人を含めて、赤ちゃん5人と私。私は子ども達が集団で遊んでいるときの本当の空気を知りたかった。そして、痛い思いや悲しい思いをするのは避けたかった。女の子はは私を自分の世界に入れてくれた。男の子と他のお子様は、基本的にはひとり遊び。時々男女の子どもさんが近づいても、私が女の子の動きに言葉をかけると、女の子は自然に離れていった。
私は「この中では、女の子の心が満たされていれば、この流れは続くかもしれない」と感じた。私もそのお子さんと遊んでいるのが面白かった。他のお子さんは時々振り向いて私を見た。私が笑うと又向こうへ行って一人で遊んでいた。2時間、そのまま時が流れた。

 その後は、はいはい赤ちゃん3人と私一人。
3人の赤ちゃんが、どこへ向かい、何をするのかを見たくて、おもちゃを全部片付けてみた。みな、好きなところへ行って、それぞれのことをしているようにみえた。
大人は、子どもが安心して遊んでいられるよう、見守っていることでいいのだ。
 今日は保育園へ就職してからの小さな疑問が解けた日。
人間はなぜ、他の哺乳類に比べて未熟な状態で生まれてくるのか。私たちが、手伝いを必要とする段階で生まれてくるのは、心を持っているからだ。人間は、人として、自分に心があることを感じ取るために、せめて生まれたばかりのまっさらな心のうちに、やさしく自然な、この感覚を丁寧に伝え続けられる必要がある。損な気がする。
 帰りに、保育士さんに「まもちゃん、この一週間で感じた事を教えて」と尋ねられた。私は「今日子育て支援でね…」と感じたばかりの思いを伝えた。保育士さんは、「地域のお母さんに、子育てのすばらしさを伝えていきたいね」と言った。私は心の中で成長途中の自分を思った。私もこれから。私は自分に歌をうたってあげるよ。


 裁判所から、相手方の準備書面が届いた。あさって金曜日、前回と同じ部屋で同じ人たちと向かい合って座る。
準備書面には、事実と、そして、事実とは違うことが書かれていた。
今は、ちょっぴり緊張している。


Mamo |MAILHomePage

My追加