「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2005年08月14日(日) 「心」 12歳の女の子のこと

 昨日まで働いていた職場の患者さんの中に女の子という12歳の女の子が居ました。女の子はいつもお母さんに連れられていて、私たちスタッフの前で口を開くことは殆どありませんでした。女の子の足の裏には無数のイボがありました。イボは普通「液体窒素」で焼くのですが、 女の子のイボは大きかったので、足全体に麻酔をして電気を流して焼きました。女の子は注射針で麻酔を打たれるときも電気でイボを焼かれる時も、タオルを口に当てたまま声を上げることはありませんでした。私は他の患者さんに問いかけるのと同じように、「女の子痛かったら言ってね。休憩できるからね」と尋ねていました。女の子はいつも黙っていましたが私は変わらず女の子に語りかけました。

 お母さんの女性は時々私に、女の子が通う学校の話や女性ご自身の体のことを語って下さいました。女性は、ご自身も慢性の皮膚病を持たされていて、私の目にも辛そうに映りました。女性は「自分がしんどいと子どもにまで手が行かない」と言いました。私は彼女の言葉を「親の役割を持たされていることの辛さ」そのものだと受け取りました。それから過去の自分を思い出してフラッシュバックもしました。しかしそれらは、自分が今も抱えている問題を知り解決することにつながりましたから、女性との語り合いを大切にしていました。 
昨日仕事の最終日、私は女性に「今日が最後なのです」とお伝えすると、女性は少し驚いたような表情をして「Mamoさんのこと好きだったのに、残念だなぁ」と仰いました。続けて「どうして辞めるの?」と尋ねて下さいました。私は「忙しさに巻き込まれて心を忘れてしまうのが嫌なのです。私は自分を大切にして心を持って患者さんや治療に来られる子どもさん達と関わっていたいと思うのです」と語りました。女性は「ここはいつも忙しいもんね」と仰いました。私は女性の言葉に、忙しさの中で自分を律していた頃の苦しみを思い出しました。それからすぐに「今は自分を大切にして生きようとしている自分」なのだと今の自分を大切にすることを意識しなおしました。 
女性は女の子の治療を終えた後「Mamoさん、いろいろとありがとう」と言って下さり、私も「私のほうこそ治療を手伝わせてくれてありがとうございました」とお伝えしました。そして女の子に「いつも楽しんでね」と言うと、女の子はいつもと同じように黙って私を見て、そしてカーテンの向こうへ去って行きました。
しばらくすると受付さんが私を呼びました。行ってみると女性が待っていて「この子が、Mamoさんが今日で辞めるということを、今理解して思い切り動揺してる」と言いました。見ると女の子は待合室の椅子に座ってうつむいていました。私は女の子の傍へ行ってみましたが、女の子は相変わらず黙ったまま私を見ているだけでした。私は最初、自分は何をすればいいのか何と声をかければいいのかわかりませんでした。すこしあと、女の子の名前を読んでみました。それから(触れてもいいかな?)と思いながら女の子の両方の頬に触れました。女の子はまだ黙っていましたが、しばらくすると立ち上がって、今度は女の子の方から私の傍へ近寄ってきました。私はもう一度(触れてもいいかな・・)と思いながら、Yちゃんの背中を軽く撫でました。女の子のお母さんは黙って私たちの様子を見つめていらっしゃいました。
私たちは並んで病院の外に出ました。女性は何度も「ありがとう」と伝えて下さいましたから、私も何度も「ありがとう」を伝えました。私が「うちに遊びに来てね」と伝えると、女性は「行ってもいいの?この子も行くと思う」と仰いました。私は「私の住んでいる場所のこと」、「心の勉強をしている自分のこと」を伝え、そしてもう一度「いつでも遊びに来てね」と言いました。女性は私にも「近くに来たら寄っていってね」と言って下さいました。私は「それもいいですよね」と返事をしながら、心の中で「私の家で・女性の家で、私も女性も自分の心を語っていく。そんなことがあったら素敵だな」と考えていました。女の子は・・・私と女性の関わりを見ていました。私と目が合うと笑いました。
 二人とお別れして院内の戻ると、いつもと同じ空気 が流れていました。時間は11時。診察室の前には数人の患者さんが座っていて、ご自分の順番を待っていらっしゃいました。 診察室の中には、問診している医師と医師の問いかけに答える患者さん・そして医師の傍に立ち指示を待っている看護師さんがいました。私はその光景を見ながら数分前の出来事を思い出していました。
 今日で辞めていく私が、他の事を置いて優先した大切な空間。もしかしたら私は8ヶ月の間、心を大切にする自分を意識してきたから、訪れる患者さんの心を大切にし、丁寧に処置していける自分だったのではないかと思えました。だとしたら過去に傷の中で動かされてきた私は、今は心のある私として動ける部分が増えている・ 優しさを持たされ、いい人として生かされ、自分を殺していた自分は今、“やさしさ”の意味を語れる私」へ成長しているのではないかと思えました。そして、私はこれからも看護師という職業を続けていくだろうから、8ヶ月見つめ癒やしてきた自分を基礎にして、さらに心のある自分として社会と関わっていこうと心に決めたのでした。
 最後の患者さんが門を出て一通りの片付けを終えた私はもう一度周囲を見渡して残し物がないかを確認し、残っているスタッフの皆さんに「お疲れ様でした」と声をかけて玄関へ向かいました。玄関を出る時、院長は私の元へきて「Mamoさんは自分のやりたい事を頑張って下さい」と言いました。私は「ありがとうございます。先生も自分のやりたい事を続けて言って下さい」とお伝えし、続けて「お世話になりました」と挨拶をして玄関を出ました。帰りは一人の看護師の女性と昼食をとりました。 女性は「AC」という言葉を知っていますから、私たちは 「心の事」を前提とした語り合いが出来ました。女性は 「職場のおかしさ」も語り、その言葉は「8ヶ月間の私の思い」と類似していました。私は彼女の話を聞きながら 「私が8ヶ月間、疑問を持ち小さく訴えてきたことは真実だったのだ」と実感しました。 驚いたことに私が退職願を出した10日後に女性も退職願を出していました。ということは彼女も「残りの2ヶ月を働いていくのみ」の人なのですよね。女性は「他の看護師さんが“その年で、今から止めると大変だよ”と言われる。困る」と言いました。 私は自分がこの2ヶ月見てきたものを少し語ってみました。そして「語っている自分を見ながら、この職場で感じたことを次につなげようと決めました。別れ際、女性はが「又連絡するね。でもMamoちゃんはいつも忙しいんでしょ?」と言いました。私は「ウン、心の勉強をしているから。今日みたいにネ」と伝えました。
夕方、職場の横を車で通り過ぎました。目になれた青い看板を見ると何故か心が嬉しくなりました。8ヶ月間に、「心を大切にする出会い」がたくさんありました。特に診察に来られる子どもさん達との関わりは私にとって自分を知るきっかけになりました。この職場で働いてきてよかった。何よりも患者さんと関わる自分を楽しんでいた自分を思い出しました。
私が今このように思えるのは「以前よりも楽に人と関われる自分」へ成長して言えるからだと思います。私がここで経験したすべてのことは、その時の自分を知り、考え、より成長するために必要なことだったと感じました。
 私はいつもどこに居ても、自分の心を大切にして「心のある世界」をみていくといいのですね。そして今は、これから違う場所を探しています。私の行く先にはいつも「新しい出会い」があるのだと思います。


Mamo |MAILHomePage

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