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先日の不幸の手紙(授業料の納付書)に始まって この時期は「払え!」の手紙がめじろ押しだ。
私は、口座振替が嫌いなので 健康保険料も年金も自動車税も この時期に、次々次々、これでもか!と納付書が到着する。 コンビニで払えるものが増えたので便利だが 喜んで払いますというほどの愛国者でもない。
しかし。 国民年金の支払いを怠っている人が、それほど多いとは知らなかった。 会社に勤めたこともなく、サラリーマンの妻でもなかった私は ずっとずっと『国民年金』の保険料を支払っている。 何故か?
義務だと思っていたからだ。 義務というのは「しなければならないこと」で かつ「そうするのが当たり前」だと思っていたからだ。
厚生年金の被保険者になる予定もなく サラリーマンの妻になる予定もない私にとって 国民年金というのは、とにかく『義務』だったのだ。 きっと今でも『義務』だろうが。。
その義務が頼りなく、将来どれだけ信用できるかわからないと 疑わなかったわけではない。
頼りない『義務』だけでは心配なので 大した額ではないが、民間生保の「個人年金」にも入っている。 ときどき「国民年金基金」などのご案内を頂くが もうこれ以上は『無』・『理』だ。 経済的にできない上、文字どおり『理』の無いことなのだ。
だから。 小泉さんもテレビのキャスターも もうこれ以上、小心者を心配させないで欲しい。
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