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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
Treasure Island 宝島

今年の元旦に英スカイテレビで放映のあったミニドラマ「Treasure Island」をあちらのアマゾンから購入して見てみました。
「Treasure Island」はR.L.スティーブンソン原作の「宝島」。海洋小説ファンとしては見逃せません。

帆船一隻チャーターして本格的に撮影をしていた話は聞いていましたし、キャストの中にホーンブロワー関係者が2名(水兵スタイルズ役のショーン・ギルダーとホッブス掌砲長役のフィリップ・グレニスター)、中でもショーン・ギルダーはブラックドッグ役だと言うではありませんか!
そして最終的な決め手となったのはドナルド・サザランドのフリント船長!これ以上の適役はないでしょう。

私が「宝島」を知ったのは、アーサー・ランサムの児童文学経由でした。
英国の子供たちにとって「宝島」はバイブルのようなもので、海賊ジョン・シルバーは憧れのヒーロー。この宝島とはいったいどの様な物語なのだろう?と思っていたところに、アニメーション「宝島」(日本テレビ読売系)の放映がありました…そのむかし1979年の話です。
アニメ版宝島の主人公ジム少年は11-2才の設定だったと思いますが、当時の私はもちょっと上でもまだ十代で、今回の「Treasure Island」のジム少年とほぼ同い年くらいかな、ともあれ最初の「宝島(アニメ版)」はジム少年目線で、宝探しをする大人たちの姿を追っていました。
ボライソーやホーンブロワーの海洋小説を知る前の話です。
それから30年がたって、自身も大人になって、数々の海洋小説を読みいろいろ映画を見るという経験した後に、再び見ることになった「宝島」は、ずばり言ってしまうと、「宝島ってじつは仁義なき戦い」だったのねぇ…でしょうか。

この「Treasure Island」は一部の設定が21世紀の現代人にも共感しやすく変えられていますが、ストーリー進行はほぼ原作通り。
アニメの「宝島」も最後の後日談をのぞいて、ストーリー進行は原作通りでしたから、30年の時をおいてストーリー的には同じものを見たことになりますが、昔はあまりこの「仁義なき戦い」というか、「宝の欲に目のくらんだ争い」の部分に気づかなかった。
自分が子供だったから気づかなかったのか、アニメより実際の人間が演じる方が欲得がギラギラ出るため今回気になったのか、そのあたりはよくわかりませんが。
「海賊の宝」探しに狂奔し運命を狂わされる人々は、現実離れしたマネーゲームに興じる人々にも似て…と思わせるところが今回の演出の意図なのかもしれません。

そのような意図ゆえか、今回の「Treasure Island」では、トレローニさん(Squire Trelawney)の宝探し動機が現代人にも共感しやすく変更されています。
トレローニさんはジム少年が住むブリストル郊外の大地主で郷士、宝探しの旅のために自らの資金で船を調達し航海に乗り出します。
原作とアニメ版のトレローニさんは、先祖代々の裕福な地主で大金持ち、人が良くて口の軽いお坊っちゃん育ちの「いいひと」で、彼にとっての宝探しは、退屈しのぎとまでは言わないまでも、狐狩りと同じ「ちょっとした冒険」に近いところがあります。
この恵まれた環境と宝探し動機は、18-19世紀の英国では当然のことだったでしょうが、第二次大戦以降の英国ではなかなか理解されにくく、21世紀のいま放映される番組において、自らの資金で航海に乗り出す理由としては共感を得にくいのだろうなぁと。
今回のトレローニさんの出資動機はあからさまに「投機」。船を調達するのも冒険に同行するのも、「莫大な財宝」というリターンを求めてのことです。そのうえ優秀な海軍将校だった父に対してコンプレックスを持っている複雑な人。
ただの「いいひと」だったら面白くありませんし、ルパート・ペンリー・ジョーンズをキャスティングしたりもしないでしょう。
ところでトレローニさんの父上が海軍さんだったというのは私は初耳ですが、これは新規設定?

さて、そんなトレローニさんがヒスパニオラ号という船を手に入れて乗組員を募集し、ブリストルから宝探しの航海に出るわけですが、乗組員の中にはこの航海の目的が宝探しと知っていて潜り込んできた者もあり、なにも知らずに通常の航海のつもりで雇われた者もあり。
ところが出航してまもなく、この宝探しの噂は、下甲板の水夫たち全ての知るところになります。
ここから先が、海洋小説を読み慣れた身には、面白いドラマになるんです。
キーワードは「反乱」。

迷信深く、目先の欲に飛びつきやすい水夫たちをいかにコントロールするか?は、ホーンブロワーでもボライソーでもラミジでも共通の緊張感あるテーマですが、宝島もじつは同じストーリー展開の話だったんですね…ってことに今回初めて気づきました。
これは十代でアニメを見ていた時には気づきませんでしたよ。
結果としてドラマは、ホーンブロワー2の第一話「反乱」に近いような緊張感をはらんだ展開になります。

ヒスパニオラ号の水夫たちは、最終的には船長側と元海賊シルバー側(反乱者)に分かれて仁義なき戦いに突入するわけですが、水夫たちが何に惹かれてどちらに着く選択をするか…というあたりが、ドラマとして見ているとなかなか面白い。…これはかなり海洋小説マニアな見方(苦笑)?

水夫たちの支持を獲得するリーダーシップとは何か?という点で見ると、このドラマはなかなか面白いです。
極限状態になると、宝という欲得だけでは人間は動かないものだというのがわかります。
最終的には「こいつに着いていけば助かる」というリーダーシップが所属を決めることになるのだなぁと。
指揮系統と軍規の助けがある海軍艦とは異なり、ここでは完全に個人の能力のみの問題となる。

船の料理人であり片足義足のハンデを負うジョン・シルバーが、なぜ反乱者側の頭として水夫たちを抑えておけるのか?十代でアニメを見ていた時にはただ「かっこいいから」しかわからなかったのですが、今ならこの「かっこいい」の正体がわかります。
シルバーには長年の航海でつちかった船乗りとしての経験と勘と、海賊として何度も修羅場をくぐって生き残ってきた実績がある。それが水夫たちに着いてこさせる、彼のリーダーシップの核なのだと今回見ていて納得しました。
ちょっともう一度アニメの「宝島」のかっこいいシルバーを見直してみたくなったわ。今の私が見たら、きっとこのあたりの細部がはっきりわかると思うのだけれども。

対する船長アレクサンダー・スモレットですが、この人も経験豊かな船乗りで適切な判断と行動力があるので、水夫の一部が「お宝」の欲得に背を向けてまで船長につく理由もわかります。この人に着いていけばもう一度英国に帰れるんじゃないか?って考えるんでしょうね。
ほとんどの人間が「宝」という欲得に惑わされて右往左往する中、船乗りとしての筋を通そうとするスモレット船長と、医者として(開き直って)行動するリブシー医師の二人は軸がぶれない。
このあたりもドラマとして見ていて面白い部分です。

主人公のジム少年を演じるトビー・レグボは、シャープ・シリーズの「マハラジャの財宝」で候補生役だった子。ハリー・ポッターのダンブルドア校長の少年時代も演じていたそう。

ジョン・シルバーのエディ・イザードは、ドスの利いた迫力があって、凄味も含めて水夫たちを子分にできるタイプ。
でもその分、ジム少年との交流が弱くなってしまうかもしれないところが、ちょっと残念かな。

ベン・ガンがイライジャ・ウッド。ベン・ガンはかつてジムと同じくらいの年齢の頃にボーイとしてフリント船長の海賊船に乗り、海賊同士の争いの結果、島に置き去りにされたアメリカ生まれの少年という設定で、無人島でひとりで苦労して生き残り、大人になった結果、世の中を独特の価値観で見るようになってしまった。
彼の存在と価値観がジムの選択に大きく影響します。LOTRでフロドを演じきったイライジャが何故キャスティングされたのかも納得できるベンジャミン・ガンでした。

野心家のトレローニさんにルパート・ペンリー・ジョーンズ。「サハラに舞う羽根」以来なので彼を見るのは10年ぶりくらいですが、上手く年齢を重ねて、もとから複雑な役は得意だと思いますけど、今回も見せてくれます。

スモレット船長にホーンブロワーのホッブス掌砲長だったフィリップ・グレニスター。無骨だが経験豊かで信念を曲げない船乗りにぴったり、シルバーにドスが利いている分、正統派リーダーのかっこよさは船長が持って行ってしまった感あり。かっこいいです。素敵。でも年齢を重ねてちょっと太鼓腹?(ちょっと、です。お腹の出方はレストレイド警部のルパート・グレーブスと同程度)

リブシー医師にダニエル・メイス。ナニー・マクフィーの映画などに出ているそうですが、私はこの作品で初めて知りました。
リブシー先生も原作のような単純な正義漢ではなく、開き直る(?)まで葛藤を抱えたちょっと複雑な設定になっています。

ジムの母、メグ・ホーキンスにシャーリー・アンダーソン。ブリジット・ジョーンズのしょっちゅうつるんでる4人の友人の一人を演じてた人ね。ジムが航海に行ってしまった後、ブリストルに一人残されていろいろと苦労します。
それを助けてくれるのが、原作では噂のみの(アニメ版では最終回のみ登場の)「シルバーの混血で美人なかみさん」ことアリベ・シルバー(ニーナ・ソサーニャ(Nina Sosanya))、これが姐御でなかなかかっこいい。
ブリストル居残り組のもう一人はブラックドッグのショーン・ギルダー。元海賊の迫力たっぷり。さすがの性格俳優だと思います。

最後にドナルド・サザランドのフリント船長。出番は回想の中だけなのに、見事な存在感。
やっぱりこの人は悪役がいい。最近(「大聖堂」とか「第九軍団のワシ」とか)良い老人の役が多かったけど、こういうアクの強い役やっぱりいいですねぇ。

日本で放映してほしいけれど、なかなか難しいでしょうか?
海洋モノ、船モノお好きな方にはおすすめです。ひさびさに本格帆船の気分が味わえます。
ストーリーは「ほぼ」原作通りですが、細かいところでいろいろ驚く仕掛けがあるので、原作をよく御存じでも新鮮に見られると思います。
良くも悪しくも「現代風」かもしれません。


2012年09月30日(日)