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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
英国気質

今週は、ちょっと脇筋かもしれない話題ですが、

先週月曜(18日)のシンガポールのStrait Timesに「Has Britain became a nation of crybabies? Stiff upper lip endures despite public displays」という英国の国民性の変化に関する記事がのってました。
この記事のリンクをご紹介できると良いのですが、Straits Timesという新聞は3日以上たつと無料では記事が読めなくなってしまうシステムのようなので、6日が経過した現在は記事のURLをご紹介することができません。(検索すると購読者IDとパスワードを入力する画面に行ってしまいます)

この記事ざっと内容を紹介すると、
かつて第二次大戦中に英国では「KEEP CALM and CARRY ON」という標語があった。
日本語訳すると「冷静に、そして前進あるのみ」のような意味なんですが、
標語ポスターの実際は下記URLをご参照ください。画像が見られます。これをおちょくったNow Panic and Freak out(パニクってびくびくおびえる時)なんてのも一緒に出てますが、
KEEP CALM and CARRY ON

まぁこのおちょくりが出てくることもでわかりますが、最近の英国人気質はこの伝統からはずれているのではないか?というのがStrait Timesの記事の趣旨です。

私、「KEEP CALM」ってジェームズ・ダーシーの声で聞こえるんです。
M&Cの映画でサプライズ号が捕鯨船のふりをしていて威嚇射撃を受け、砲列甲板の水兵が動揺した時にプリングス副長が、独特の抑揚で言うセリフなんですよね。

それともう一つ、この記事が気になったのは、carry onって現在やっていることを続けるという意味もあるけど、今の東日本の状態が「騒ぎ立てずに今やってることを続ける」状態になってるんじゃないか?って思ったから。
先日の茨城の余震の時、私は満員の通勤電車の中にいたんですけど、周囲の携帯で一斉に緊急地震速報が鳴ってるのに、誰も騒がないんですよ。満員電車はひたすら次の駅に向けて走っていくんです。

そりゃまぁこの状態で騒いだところで、電車が止まるまで何もできませんが、それにしても誰も騒がないって、凄いというよりちょっと異常な状況じゃない?
最近ときどき「第二次大戦中ってみんなこうやって暮らしてたのかなぁ」って思うんですよ。
もっとも当時子供だった母に言わせれば「爆弾がふってこないし、西日本は無事だし、食糧ははるかにある」から今のほうがましだそうですが。

ちょっと脱線しました。Straits Times の記事に戻ります。
このKeep Calm and Carry Onと、もう一つStiff Upper Lipsというのが、英国気質の長い間の伝統だった。
stiff upper lipsというのは唇を引き締め状態でいるという意味から転じて、感情を表に出さないとか気を落とさずに頑張るとか。
まぁ英国の歴史冒険小説とか第二次大戦時の海洋小説とかを読み慣れていると、思い当たるふしは多いと思いますが、

19世紀から20世紀にかけて、英国人はこの気質のもとに七つの海に進出していった。剣(武力衝突)や、熱帯の蚊や、原住民の抵抗にも、英国人はこの精神をつらぬきくじけることがなかった。
第二次大戦を英国人はこの精神で戦いぬいた。
しかし最近、この英国気質に変化が生じているようだ。

英国の現副首相は、市民からの糾弾に、涙を見せ「私は叩かれ慣れているサンドバッグじゃない」と反論した。
ダイアナ妃の死去の時、英国民があらわにした悲嘆は、最近の英国気質の変化をよくあらわしている。
ブラウン前首相が選挙に敗れたのは、伝統的な英国気質にとらわれ、国民に感情的に訴えかける点で失敗したからだ。
最近の若い世代の政治家は感情も自分の弱さもあらわにし、国民に訴えかけている。
英国気質は変わったのではないか?

というのが、Straits Timesの趣旨です。
この記事の後半部分はおそらく、この下のBBCの記事を引いているものと思われます。
こちらは原文記事を読むことができます。

The myth of Britain'a stiff upper lips
http://www.bbc.co.uk/news/magazine-12447950

この記事が面白いのは、じつは19世紀以前の英国人はもっと自由に泣いていた、と書いてあること。
1805年のネルソンの国葬の時に国民が見せた反応は、ダイアナ妃の時と同様だった。
当時の人々は、英国が海外進出・拡大していく19世紀より自由に、感情を表に出していた。
とあるのですが、

う〜ん、これは新説だと思いました。
私たちけっこう200年前の海洋小説をよく読んでますけど、主人公というか指揮官クラスは皆ストイックですよね。
ジャック・オーブリーは明るい性格だけど、限られた時と場合と相手にしか感情をオープンにはしないし、
セシル・スコット・フォレスターやアレクサンダー・ケント、ダドリ・ポープなどの描く主人公の海軍士官は、皆、Keep Calm & Carry on かつStiff Upper Lipsな人たちばかりで。

考えてみれば、フォレスター、ケント、ポープは全て、第二次大戦中に海軍の艦艇に乗り組んだ経験があります。
この英国気質を骨の髄まですりこまれていたとしても不思議はない。
ジャックの性質がちょっと異なるのは、作者のオブライアンが同じ時代を生きた人でも陸上の情報部勤務だったからなのか?
従軍経験だけを言うなら、アメリカの海洋小説作家には海軍経験をもつ人たちが多数いますが、彼らの描く主人公のアメリカ海軍士官は、イギリス人の描くイギリス海軍士官たちほどストイックではないんです。

そんなことを思いながらこの2つの記事を読んでいました。

でも私も、日本人も最近は変わったと、しばらく前は思ってたんですよ。
第二次大戦の頃は日本人も、男は絶対に泣かないとか、もっと武士道や儒教の伝統的な考え方が強かったけど、最近はサッカーの応援とかかなりラテンな反応になっているし、
ところが、今回のような大災害の事態になったら、世界が驚くような「冷静かつ助け合って行動する」国民性が飛び出してきてしまったんです。

もっともその点はイギリスも同様だとStraits Timesの記事は述べています。
危機に際しての英国人の行動は、必ずしも変わってはいないと。
2005年のロンドンでの地下鉄・バス無差別テロのあと、ロンドン市民は翌日から何事もなかったかのように通勤し仕事に戻った。厳戒体制の続く街中の様子にちょっと肩をすくめてみせながら。

こうしてみると、英国気質と日本気質にはちょっと似たところがあるのかな?とも思ったりします。
同じ東アジアの儒教国でも大陸の国(中国・韓国・ベトナム)と島国(日本・台湾)には差があるような気がしますが、英国気質やアイルランド気質が同じキリスト教国でもヨーロッパ大陸とはちょっと異なるのは、やっぱり島国だからなのかなぁと思ったり、
このあたり専門家ではないのでよくわかりませんが、なんとなく面白いなぁと思った次第です。


2011年04月23日(土)