Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
麦の穂を揺らす風
秋以降なかなか時間がとれなくて、良い映画を次々と見送っているのですが、これだけは何とか時間の都合つけて行こうと思ってました。 無理矢理でも行って良かった。さすが今年のカンヌ映画祭のパルムドール。 もう12月もこの時期ですから、これを2006年のベスト映画と評しても良いでしょう。 夏にアイルランドに行ったばかりだから興味があった、というのもありますが、この映画は誰もが指摘する通り、アイルランドと英国の問題ではなく、世界中のあらゆる国のあらゆる人々に、おそらくはイラクで今なお血を流し続ける人々にも当て嵌まる、普遍的な問題提起なのだと思います。
公開後3週間以上たっているので、以下多少のねたばれを致します。
見終わったあと絶望感に突き落とされるとか、けっこう打ちのめされるとかいうレビューを読んでいたので、週始めの月曜に行くのはどうか?と思っていましたが、私感としては「後味は悪くない」ラストだったと思います。 確かに遺された家族がこれから抱えていく心の傷を思えば、やりきれない気持ちになるのですが、でも、人間の尊厳と愛は、確としたものが最後に残るでしょう?
最後の最後まで彼ら兄弟はお互いを思い合っていたし完全に理解しあっていたのだと思います。 兄も弟も、最後まで信念を曲げることはなく責任からも逃げない、その価値観と性格は本当に兄弟良く似ていますし、仮に二人の立場が逆だったとしても全く同じ選択をすることは、お互いに良くわかっていたでしょう。 この映画は悲劇かもしれないけれども、それでも最後の最後まで家族愛や兄弟愛は裏切られない…だからこその悲劇で、やりきれない気持ちになる方も多いとは思います。 それでも、物語のその先まで続いて行く家族愛を思うとき、人間に絶望することだけは無い。それがある意味での「救い」であると私は思うのですが、いかがでしょうか?
平和ボケしていると言われる日本人の一人として育った私には、世の中わからないことが沢山あります。 たとえば先日のコトルの記事で触れたユーゴスラビアの内戦もそうですが、90年代のアフガニスタンも、わかりませんでしたね。 第二次大戦後の日本の雰囲気で言えば、戦争を経験した人々は「もう戦争なんてこりごり」になるものではないかと思ってましたので、「せっかくソ連軍を追い出したというのに今度は自分たちで内戦を始めるなんて、いったいどうして」と。
英国からの独立をめざして武力蜂起し、イギリス・アイルランド条約によって不完全ながら自治領としての自由と自立を勝ち取ったアイルランド。 けれどもその後、完全なる独立を求める条約反対派と、第一歩としての現状を確保しようとする条約賛成派の間の対立は、武力衝突・内戦へと突入します。 その過程をこの映画は、南部の港町コークの義勇軍とその中心的存在だった兄弟を主人公に描いているのですが、 彼らのやりとりを、メンバー一人一人の発言や言動を丹念に聞いていくと、あの悲惨な独立蜂起の戦いの後に、なぜまた今度は仲間同士で内戦を戦わなければならないことになったのか、主義実現の手段として武力(戦争)を選んでしまうのか、を納得する形で理解することができます。 仲間の命を犠牲にして勝ち得た自由だからこそ、完全な形をめざしたい、もしくは今えた現状の自由を守りたい、どちらもその理由は、この自由には仲間の命という重い価値が伴っていることをよく承知しているから。
これは戦後日本に育った女性の「感想」として聞いていただきたいのですが、 結局、血であがなった自由は、血を求めてしまうのではないか? 失われた命の価値をかけて、さらなる自由を求め、もしくは自由を守ろうとするものは、それゆえに次の命の代償を呼び込む。 彼ら兄弟とて、失った仲間たちのことを自分たちの払った犠牲のことを思わなければ、あそこまで次の自由にこだわり、後に引けず、追いつめられることもなかったのではないかと。 …これがこの映画の伝えるメッセージの、正しい受け取り方なのかどうか、私には自信がありませんが。
彼らの仲間うちにリリーという女性判事がいるのですが、私はリリーのあり方、武力ではなくあくまで法の遵守でものごとを解決しようという彼女の主張に一番共感できます。 その選択は独立を遅らせ、回り道になる手段かもしれないけれども。 結論として、「武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」という日本の憲法は正しいのではないか? 国際紛争だけではなく、このアイルランド内戦に様な場合でも、これは言えるのではないか? という自己肯定の結論になるところが、所詮は私も日本人なのか?
この映画、映像がとてもとても綺麗です。 曇天のアイルランドのやわらかい幽玄な光と美しい自然、 「麦の穂を揺らす風」というのは、アイルランドの古謡からとられています。 あの1798年反乱に武器を手に加わった一人の若者の心を歌った歌だそうです。
2006年12月28日(木)
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