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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
アイリス・マードックと、P・オブライアン

火曜日(31日) のNHK BS洋画劇場は「アイリス」でした。
2002年のアカデミー賞を「ビューティフル・マインド」と争った英国作品、言葉を操る作家でありながら認知症になり、その言葉を失っていく実在の作家アイリス・マードック(ジュディ・デンチ)と、見守り支えた夫ジョンの物語。ジョンを演じたジム・ブロードベントがアカデミー助演男優賞を受賞しています。
東京では銀座の単館上映で忙しい時期に当たったために見に行くことができず、私はこの放映を楽しみにしていたのですが、

この映画、始めに方に「あの」コクゾウムシの話が出てくるんですね。
「あの」と言うのは、ジャックがスティーブンを引っかけた「あのコクゾウムシ」ですよ。

アイリスがまだ病に冒される前のエピソード。仲良くスーパーに買い物に行った老夫婦は、購入したシリアルからコクゾウムシが出たことから言葉遊びを始める。
「2匹いるぞ。どっちを選ぶ?」とジョンが尋ねると、
「大きい方よ」とアイリス。
「違うな、海軍の伝統では、」と言いかけるジョンを遮って、アイリスが
「パトリック・オブライアンの小説では、コクゾウムシはムシられることになっているのよ」

録画していたわけではないので、記憶ちょっと不確かかもしれませんけど、「ムシられる」の字幕だけは確か。
「ほ〜お、こう訳すわけね」と思ったので。

原語のセリフを確認しようと、オブライアン・フォーラム(Gunroom)の過去ログを検索したのですが見つけられず、
でも何故アイリスがオブライアンに詳しかったかはわかりました。

アイリス・マードックとパトリック・オブライアンは同じ仲間内のサークルに所属していて交流があったそうです。
このサークルはおそらくは文学サークルと推察しますが、であれば文芸評論家である夫のジョンも一緒だったことでしょう。

余談ながらこの映画で、アイリスの若い頃(ケイト・ウィンスレットが演じています)のジョンの恋敵モーリスを演じていたのは「ホーンブロワー」の赤海老エドリントン卿ことサミュエル・ウェストでしたが、年老いたアイリス・ジョン夫妻が再会する年老いたモーリスを演じたのは、サミュエルの実父のティモシー・ウェストだったそうです。

この年のアカデミー賞を争った「アイリス」と「ビューティフル…」は、はからずも共通のテーマを持っていました。「壊れていく連れ合いとそれを見守り支える夫(もしくは妻)」。
助演女優賞だったジェニファー・コネリーは精神を病んだ夫(ラッセル・クロウ)を支える妻役でしたし、これってこの年の助演賞のキーワードだったのでしょうか?

どちらの映画にも私は泣かされましたが、「アイリス」のそれは「ビューティフル…」とは異なり、中からしんみり湧き上がってくる涙で、感情的に揺さぶられて出てきた涙ではない。
「ビューティフル…」という映画は、いわゆるハリウッド映画の方程式からは少しはずれていると今までは思っていたのですが、
このように比較してみると、「ビューティフル…」って、
脚本上の工夫からわかりやすく出来ているし、サスペンス・タッチの娯楽作品らしさもあるし(エド・ハリスとポール・ベタニーの熱演で:笑)、最後は感情的に観客を揺さぶって泣かせるし、
やっぱりハリウッド映画なんだなぁと改めて認識した次第。


それで、ちょっと話がずれるのですが、
水曜日(1日)、いまちょっと評判の日本映画「フラガール」を見てきました。
久々に「良い映画を見たなぁ」という感想で、これは是非おすすめ。
映画の舞台は昭和40年の常磐炭坑、もはや石炭の時代は終わり、閉山は目の前、鉱夫は次々と解雇されていく…その中で、炭鉱労働者の再就職先として、豊富な温泉を活かした日本のハワイ「常磐ハワイアンセンター」を福島に建設しようという動きが。
時代の変化に揺さぶられる炭坑町と、そこに生きる様々な立場の人々の人間模様。

この映画の解説パンフに「これはアメリカ映画テイスト」の作品…とあったのですが、私はちょっと首をひねってしまって、
前日に「アイリス」を見たばかりだから余計にそう思ってしまったのかもしれませんが、これってむしろ英国映画テイスト?
パンフに引用されていたのアメリカ映画は「遠い空の向こうに」。ウェストバージニアの炭坑町を舞台に、主人公の少年がまだ10台だったジェイク・ギレンホール、頑固なその父をクリス・クーパー。
私これでクリス・クーパーのファンになって、DVDも購入したんですけど、確かにアメリカ映画にしては地味な作品ではありますが、
でも「フラガール」はこの「遠い空の向こうに」というよりはむしろ、英国映画の「リトル・ダンサー」(これもやはり炭坑町が舞台)じゃないの?と、私は思うわけなんですが。

「フラガール」って、泣かせと笑いの誘導がアメリカ映画的じゃないんですよね。前日に「アイリス」を見たばかりだったからそう感じたのかもしれませんけれど、
この映画は感情を揺さぶられてストレートに泣かされたり、いかにもお笑いなやりとりで笑わされるのではなく、じわっと湧き上がってくるもので泣いてしまったり、登場人物が真剣であればあるほど、その中にある滑稽さでくすっと笑わされてしまう作品。

これをイギリス映画的であるという結論に持って行くのはちょっと飛躍しすぎな気がするので、断言はしませんが、
「フラガール」は日本映画、それも最近の日本映画にしては珍しい作りだと思います。
最近の大ヒット・メジャー日本映画はストレートな泣かせや大げさなお笑いが多いから。


2006年11月04日(土)