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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
聖なる暗号

友人のブログから面白い小説を紹介されました。Kさん>感謝です。

ハヤカワ文庫NV1111 「聖なる暗号」 ビル・ネイピア著(2006年3月新刊)

英国中部のリンカーン市で古書・古地図店を営むハリー・ブレイクは、地元の名士サー・トビー・テビットから古い日記の鑑定を依頼される。
ジャマイカに住むテビット家の遠縁が死去し、相続者がなかったために英国に送られてきたというその日記は、16世紀エリザベス女王時代の速記暗号で書かれていた。
解読を始めてみるとそれは、1585年に新大陸へ向かった英国移民船に乗り組んだ少年船員の手記だった。

だが解読を始めたハリーのもとに、謎の女が日記を法外な値段で売らないかと誘いをかけてくる。
依頼主から預かったものを売れるわけがないと断ると、今度は暴漢に襲われ、自宅には空き巣が。
さらには依頼主であるサー・トビーが、強盗に襲われ殺害された。だかそれは強盗というより、何かを聞き出そうとして拷問し殺害された状況に近かった。
この日記にはいったい何が隠されているのか?

サー・トビーの娘、19才のデボラ(デビー)・イネス・テビットは、殺された父に代わり、ハリーに改めて日記の解読を依頼する。と同時に自らも真相を究明すべく動き出すのだった。
ハリーは国立海事博物館の航海史研究者ゾーラ・カーンの協力を得て、少年船員の日記を読み進む。
その少年ジェイムズ・オーグルビーが乗組員として参加したのは、サー・ウォルター・ローリーが計画した1585年のアメリカ新大陸ロアノーク遠征隊だった。指揮官はサー・リチャード・グレンヴィル。
だがこの遠征隊には密かに、エリザベス女王(一世)打倒を狙うメアリ・スチュアート一派が潜入、陰謀をめぐらせていたのであった。

だが、それだけではすまなかった。
400年前のプロテスタント(エリザベス派)とカトリック(メアリ派)の陰謀は、形を変えて現代にもよみがえっていたのだ。
古文書の手記を解読しながら謎を追うハリー、ゾーラ、デビーは、テロ組織や狂信的一派からも命を狙われることに。
そして舞台は英国からジャマイカへ…。

いやはや何がすごいって、陰謀と謎が、400年の時と大西洋を渡ってイギリスから新大陸へ、時空を超えてしまうことですよ。
さすが、かつては七つの海に君臨した大英帝国。
400年前に海外に移住した先祖の日記が戻ってきて、現代つまりエリザベス二世時代の地方都市に住む古書店の店主が、400年前のエリザベス一世の暗殺に連動した世界的陰謀に巻き込まれるなんていうのは…まぁ日本ではなかなか難しい設定なんですが、イギリスではありえる…かも。かつての女王陛下の007と現代の女王陛下の007が一冊の本の中に競演してしまうんです。
メアリ女王一派の陰謀とは何か?という謎と、現代のテロ組織の目的は何か?という2つの謎が連動して解かれていく。
現代のサスペンス・ミステリを読みながら、同時進行でエリザベス女王時代の歴史小説も読めるわけです。
いや歴史小説というより、エリザベス女王時代の海洋小説が読めるんですよね。陰謀の舞台となるのは、英国からの植民船なので。
手記を残した少年ジェイムズが乗り組んでいるのは、サー・リチャード・グレンヴィルが船長を務めるタイガー号です。
グレンヴィルは、そう。後にあのリベンジ号の海戦(※)で有名になったあの方です。

でもおそらく、この「聖なる暗号」という小説を、海洋小説ファン以外の人が、単なるサスペンス・ミステリとして読んだとしたら、小説としてのバランスが悪いと指摘されるかもしれません。
現代の陰謀に巻き込まれた古書店主の話として読もうとすると、過去部分が長すぎるし詳しすぎる。
少年の手記はほぼ全文が掲載されているので、陰謀に関係ない単なる航海や冒険の部分も描かれているわけです。
もちろん、その延々と続く手記の中から現代に必要な部分を拾い出すことが謎の解明ではあるけれども。

私は海洋小説ファンなので、この400年前の部分が詳しければ詳しいほど嬉しい1人だし、不必要に長くても大歓迎ですが。
察するにたぶん、英国でもそういう人が多かったから、この小説、バランスが悪いままで通ってしまったのではないでしょうか?

何の予備知識もなくても、謎解きは楽しめますが、海洋小説その他でエリザベス一世時代の知識があったり、昔のジャマイカ島を知っていたりすると、古書店主のハリーや海事史家のゾーラと一緒になって、読みながら考えることができます。
いや私は、エリザベス一世時代のジャマイカは知らないけど、50年ほど後の清教徒革命の頃のジャマイカだったら、ダドリ・ポープのヨーク・シリーズで、200年後のナポレオン戦争時代のジャマイカだったら、ホーンブロワーやボライソーやラミジでよ〜く知ってますもの。
ついつい一緒になって、自分の海事知識や歴史知識を総動員して推理してしまいました。

この小説のヒロインであるデビーは、いかにも現代っ子のお転婆娘ですが、思うんですけど、もしアレクシス・ヨーク(ダドリ・ポープのラミジ・シリーズに登場する旧家の船主の娘)が現代に生きていたら、こんな感じになるのかもしれません。
ジャマイカ島の道はわかってるから…と言って、レンタカーのハンドルを握るのはデビーですし、そのまんま追跡を振り切って逃げ回ったり、現代の英国の旧家の勇気あるお嬢様ってこういう感じかぁ…と納得します。

ただ翻訳を読む時にちょっとひっかかるかもしれないのは、
この翻訳者はミステリを訳していらっしゃる方で海洋小説を専門に訳しておられる方ではありません。
が、少年の手記部分…400年前の海洋小説部分は、問題なく訳されています。ところが、現代のパートを読んでいると「あれ?」と思う部分が出てくるんですね。海事史を専門に研究している人ならこういう言い方はしないんじゃない?みたいな。
意地悪な勘ぐりをするに、おそらくこの本、少年の手記部分は海洋小説専門に翻訳されている方がチェックを入れられたけれども、現代部分までは入れなかった…のではないかしらんと。
ま、でもそれは、全体の流れからいくと些細な部分なので、勢いで流していけると思います。

※注)サー・リチャード・グレンヴィル:エリザベス一世時代の艦長・司令官、アルマダ海戦などにも加わっているが、テニスンの詩にもなった1691年のリベンジ号の海戦で有名。
詳しくは、hushさんの下記ページをご参照ください。↓
http://www22.tok2.com/home/ndb/name/g/Gr/Grenville.html#anchor44262

このリヴェンジ号の海戦は、ハヤカワNV文庫でSBSシリーズや、光人社でエヴァラード・シリーズが翻訳されているアレグザンダー・フラートンが、「リベンジ号最後の海戦」という小説を書いているのですが、絶版もはやAmazonでも入手不能です。
そこでこれについては、鐵太郎さんのHPの書評をご紹介させていただきます。
「リベンジ号最後の海戦」アレグザンダー・フラートン(訳:高沢次郎)

hushさん、鐵太郎さん、ありがとうございました。

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明日12日(月)NHKBS11で「モンテクリスト伯」の放映があります。
以前にもこの日記に書きましたけど、この映画の「マルセイユ港」のロケはすべてマルタ島のグランドハーバーで行っており、フェルナンの館は当時の海軍司令部だった建物です。
いずれ発売になるオーブリー&マチュリン9巻(マルタが舞台)の予習に、ぜひぜひご覧くださいませ。


2006年06月11日(日)