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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
グッドナイト&グッドラック

「グッドナイト&グッドラック」に行ってきました。
個人的には過去1年のベスト映画です。

私は結局「クラッシュ」を見に行けませんでしたし、「ブロークバック・マウンテン」も理解したとは言い難いので、正しい評価を下せるわけではありません。が、こちらにアカデミー賞でも良かったのでは、とちらりと思う。
ジョージ・クルーニーに監督賞で、助演男優賞はやっぱりポール・ジアマッティだと…個人的には思うのですが。

1950年代のアメリカの、行きすぎた赤狩り(共産主義者の追放)と愛国主義を敢然と批判し、ジャーナリズムの良心を守ったCBSテレビ報道番組のニュースキャスター、エド・マローの、ドキュメンタリー風の物語ですが、
そう聞くと、まぁ、どうしても、ドラマチックな展開を想像されるでしょう?…放映直前の横ヤリとか反対者の抗議とか、脅迫とか。
にもかかわらず決して屈しないヒーロー颯爽と登場…みたいな、「アンタッチャブル」のような映画というのかしら…やっぱりハリウッドですし。
そのあたりを覚悟して行ったら、みごとはずされました。
実に淡々と、ほとんど脚色なく、過剰な演出もなく、当時の実際を、我々観客に見せて、そして観客に考えさせる。
観客に対して、過剰な解説もサービスもない、
大人の映画だと思いました。

ドキュメンタリー番組というものの基準が、私の中で最近少々偏向していたことに気づいて、恥ずかしくなりました。
どうもあまりにも長いあいだNHKの「プロジェクトX」を見過ぎたせい…というか、
あれは確かに良い番組ではあるのですが、ちょっと演出過剰で、ナレーションとドラマチックな音楽(じつは結構、映画のサウンドトラックが多かった)で泣かせを作る帰来があって。

この「グッドナイト…」を見て、あぁ本来、ドキュメンタリーというのはこういうものであるし、当時の映像や再現映像というのは、こういうふうに、現代の余計な解説や演出なく、ただ事実として見るものなのだなぁと。

報道番組というのは、スタジオで司会進行するキャスターと、間に挿入される実際の取材映像から構成されます。
ご存じと思いますが、「グッドナイト…」では、スタジオで司会進行するキャスター(エド・マロー)と、オンエア前後のCBSスタッフの逸話部分のみを2005年の役者が演じていて、その他の部分、報道番組に流れる取材映像であるとか、この番組に抗議した右派上院議員の演説などは全て、当時の映像を使用しています。
2005年に撮影した部分も、例えばマローが番組で話した内容などは、全て当時そのままの言葉です。

さらに、この映画にはBGMというものが一切ありません。
場面転換に当時のジャズナンバーが流れますが、これは同じCBS局内の別のスタジオでジャズナンバーを紹介する番組が製作されている…という設定です。
このジャズナンバーは、当時の時代の雰囲気を観客に思いおこさせるためのもので、観客の心理を揺さぶるような効果(不安をかきたてるとか、泣かせに持って行くとかいうような)はほとんどありません。

にもかかわらず、この映画には強烈なメッセージがある。
キャスターのマローが50年前に語った言葉そのものに、ぐさりとえぐられるのです。

もし50年後の歴史家が今のアメリカのテレビ番組を見たら…と、マローは言います。
そこに見えるのは「退廃と現実逃避と隔絶」、「アメリカ人は気楽な現状に満足し暗いニュースに拒否反応を示す」
「それが報道にも現れている」
ニュース番組は世間の風潮に迎合し、視聴者の耳に痛い言葉は避けて通る。

さて50年たって、テレビはどうなったのか…と言えば、
あの時代よりさらに、視聴者に迎合を深めているのではないでしょうか。
まぁ日本の現状はアメリカとはちょっと違うのかもしれませんが。



この映画を見ながらふと思い出したことがあるのです。
数年前の金融危機の時、某ニュース番組で「景気を良くしようキャンペーン」というのをやっていたことを。

日本人は、アメリカ人とは違って、暗いニュースに拒否反応は示しません。
というより、ひょっとして暗いニュース好き? 楽天的ではなく悲観的な人が多く、心配性の多い国民性です。
日本のマスコミ(特に週刊誌)の困ったところは、「心配性なところを突いて買わせよう」という商売根性があるところ。
「間もなく大地震!」とか、「ミサイルが飛んでくる!」とかいう記事、よくあるではありませんか。

数年前の金融危機の時の週刊誌ときたら、「あなたの預金は危ない」とか「次に倒れる銀行はここだ」とか、そんな吊り広告ばかりで。
だれもが皆、不安になって、消費を抑えるようになって、銀行からお金を引き出し箪笥預金にする人も出て、

そんな時に「景気をよくするキャンペーン」を張る報道番組があったのです。
経済学者の先生が登場して、「みなさん、経済が良くなるためにはお金がまわらなければなりません」と。
「このまま不安にかられて、お金を使わなくなったり、銀行から箪笥に預金を引き上げたりしたら、いつまでたっても日本の景気は回復しないのです」
この先生はごく当たり前の事を言ったにすぎないのかもしれませんが、やたら悲観的な報道ばかりが流れる中、私にはえらく新鮮でした。

最近は次から次へと猟奇的な事件ばかり起こりますが、あれもどうなのでしょう。
別に今の世の中が特別におかしいわけではないと思うんです。ロリコンという言葉に長い歴史があるように、切り裂きジャックが100年以上前の話であるように、猟奇な人は昔からいると思うんですけど、ただ昔はテレビがなかったので、一般の人はそういうことをあまり知らずに暮らしていた。
それが今は、いかに猟奇か…が微細に報道されるものだから、ちょっとヘンでもそこまでではなかった人が、報道を見て目覚めて、自分でもやってみようと思いたつ…こういう二次災害って意外と多いのではないかしら。

こういう時代に、報道のありかたについて一石を投じた、この映画の意義は大きいと思います。
TOHOチェーンのみの限定公開ですが、いろいろと考えさせられる映画なので、是非おすすめいたします。


2006年05月21日(日)