Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
ニューワールド(1)
テレンス・マリック監督の「ニューワールド」に行ってきました。 あの時代、1607年の入植当時のアメリカに興味のある方にはおすすめの歴史映画。
主人公は、ネイティブ・アメリカンの酋長の娘ポカホンタス。 あのディズニー・アニメ「ポカホンタス」の主人公で、白人入植者のジョン・スミスと恋に落ち、インディアンと入植者の架け橋となったことで、アメリカでは伝説になっているヒロインです。 ただしここで描かれるのは、ディズニーの描いたロマンス伝説ではありません。 当時の風俗、自然を出来る限り正確に再現した歴史映画です。
ポカホンタスが捕らわれた入植者ジョン・スミスの命を助けたこと。初めての冬に食料不足に陥った入植者を救ったこと。 後に人質として入植地におもむき、英語やキリスト教を学んで洗礼を受けたこと。 彼女に心を寄せた入植者の一人ジョン・ロルフと結婚した後、英国に赴き、現地支配者の王女として、英国国王に拝謁したこと。 などは事実ですが、彼女の行為は、後のアメリカ政府のインディアン同化政策の中で白人に望ましいように伝説化されていきました。 野蛮な未開人が西洋文明を知り、キリスト教の洗礼を受ける課程が美化されていったのです。
マリック監督はこの映画で、このような美化されたポカホンタス伝説を排し、1607年に西欧人の言うところのニューワールド(新世界)=北アメリカ大陸、現在のヴァージニア州で起こったできごと…異文化衝突のようなものを、入植者イギリス人、元からこの土地に住んでいたネイティブ・アメリカン、両者を対等の人間として描いています。
その為に監督とスタッフは膨大な資料を集め、研究者の応援も得て、当時の両者の風俗・習慣を完全に再現することにつとめました。 そこに描かれたものは、というより、通り一遍のアメリカ史しか知らない者が見て驚くのは、北アメリカ大陸の大自然の前に驚くほど非力で無力な入植者の現実でしょう。 新大陸開発というのは、西欧諸国が圧倒的な文明差を背景にネイティブを蹴散らした…ようなイメージがありましたから、この現実には驚きました。
映画の中でほぼ史実通り再現されている、北米最初の英国入植地ジェームズタウンは、海岸沿いの平地に掘立小屋を建てただけの、本当にみじめなものです。 でも考えてみれば当たり前ですよね。 新大陸にはほんとうに何にも無いんです。彼ら入植者が英国からわずか3隻のガレオン船で持ち込んだものの他には。
まず第一に海岸沿いの木を斧で切り倒して、根を掘り起こして平地を作り、その木で家を建てると、やっと、雨風をしのげる空間が出来る。 西欧では一般的な石材などもすぐには手に入りませんから、家は木造、地面は土のままで、雨が降ったら居留地の通りには大きな水たまりができるわけです。 食料は英国から船で持ち込んだものだけ、それが尽きる前に、畑を開墾しトウモロコシの種を蒔き新たな食料を自給しなければなりません。
例えば明治時代の北海道開拓とて大変なことには変わりありませんが、それでも北海道の場合はすぐ近くに本州というバックアップ体制があるでしょう? 1日2日航海すれば不足品の補給はできるし、いざとなったら本州に避難することもできるわけです。 それが、彼らの場合は、バックアップを送ってくれる英国は大西洋の反対側ですし、いちばん近い救援先とて何ヶ月も航海が必要な西インド諸島なのですから。
実際に、このジェームズタウン以前にも新大陸入植の試みはあったそうですが、全滅・失敗した入植地(Lost Colony)があったとか。 現在のノース・カロライナ州ロアノーク島というところですが、英国からの船が2年後に入植地に行ってみたところ「何も無かった」。 人の暮らした跡も110人余の植民者も何もなく、彼らに何が起こったのかは未だに不明なのだそうです。 いやはや、この時代に新大陸に移住したイギリス人って、本当にとてつもなくたくましくて勇気のある人たちなんだなぁと。
そんな生命力あふれるイギリス人の一人ジョン・スミスを、コリン・ファレルが演じています。 マリック監督が彼を選んだのは、ファレルが実年齢上、1607年のジョン・スミスと同年の28才だったこともありますが、何よりファレル自身が、とんでもない活力を発散させる冒険者であり、見る者に強烈な印象を与える俳優であること、からだそうです。 確かに「暴れん坊」ファレルはジョン・スミスにぴったりです。
ジョン・スミスは1580年イングランド生まれ。その冒険は、16才で英国を離れオランダ独立軍の傭兵としてスペインと戦うことから始まりました。 1600年、20才の頃にはオーストリア軍に属して、ルーマニアのトランシルバニアで、トルコ軍と戦っていました。 そこで負傷してトルコの捕虜となり、奴隷として売り飛ばされてイスタンブールに行きますが、腕を見込まれトルコ軍の訓練指導をすることに、しかし彼は雇い主であるトルコ人を殺害し、イスタンブールを脱出します。 英国に帰ってはきたものの、エネルギーをもてあまし、冒険を求めていたスミスのもとに持ち込まれたのが、新大陸移住の話です。 映画の中で彼はCaptain John Smithと呼ばれていますが、このCaptainは陸軍大尉の称号と思われます。
新大陸に渡った後も、居留地を離れ奥地を探検し、インディアンに捕虜とされながら生還したり、過酷な冬、餓死の危機、原住民の襲撃から全滅しそうになっていた居留民たちを厳しい統率のもとで生き延びさせたり、並はずれた冒険者ならではの個性と、(ちょっと乱暴な)リーダシップをいかんなく発揮しますが、こういうアクの強さが…上手いんですよね、コリン・ファレルって。サバイバル能力に長けた野生児の魅力というか。 同じ「エネルギッシュなリーダー」を演じても、アレキサンダー大王より、スミス隊長の方が似合いだな、と思います。 何というか、昔の初期のシャープが持っていたと同じ、野性的な暴れん坊の魅力に溢れているんです。
そんなスミスと、酋長の娘ポカホンタスの恋は、野生児の自然かつ純粋…というか、西欧人だとかネイティブだとかは関係なく、大自然の中に生きるただの人間との男女の恋…として描かれています。 インディアンの村に捕らえられ、言葉も通じぬスミスは、ピストルで武装した西欧人ではなく、自然の中に生きるニンゲンという動物として、インディアンたちと付き合おうとする。 言葉が通じないから、最初はジェスチャーによるコミュニケーションから。 この段階では互いに言葉で会話ができるインディアンたちの方が文明人で、ジェスチャーを繰り返すスミスの方が野蛮人のように見える…ところが、おそらく、マリック監督のトリックなのでしょうけれども。 スミスはインディアン社会の中で、一人の男として認められていくのですが、野生児ファレルが演じるとこの課程に説得力があって(髪の毛に鳥の羽をさすと似合うんだな、これが)。
ところが、そんな二人の関係は、後にポカホンタスが人質として白人入植地に住むようになり、西欧の文字やキリスト教を教えられ西洋人化していくと、変わっていく。 そして映画の中では、スミスはポカホンタスと別れ、また別の冒険を求めて旅だってしまいます。
このあたりはどうやらマリック監督の新解釈のようで、 確かに、ポカホンタスが入植地に来たのも、洗礼を受けたのも、スミスが現在のヴァージニア州にあった入植地を離れ北部の、現在のメイン州やマサチューセッツ州あたりの探検に出かけてしまったのも事実ですが、この二つの史実の間にどのような関連性があったのかは、はっきりとはわかりません。
従来のポカホンタス伝説は、このあたりの、ポカホンタスの西洋化を素晴らしいことと評価し美化しているのですが、マリック監督の解釈ではちょっと異なる。 かつては大自然の声を聞き、溶け込んで暮らしていたポカホンタスを居留地に囲い西洋化することは、野生の鳥を籠に閉じこめるようなものであるというように描いていきます。
ポカホンタスを演じたのはクォリアンカ・キルヒャー。ペルー系ネイティブ・アメリカンの血を引く16才。 オーディションでの決め手は、純粋で繊細な表現力を有すると同時にエネルギーに溢れていたこと、なのだそうですが、自然に溶け込む巫女のような風情から、居留地でのスミスとの生気溢れる恋、籠の鳥となってからの傷つきやすい繊細さなど見事でした。
スミスを失い、生気も失って居留地に孤独に暮らすポカホンタスの心を開いたのは、ジョン・ロルフ(クリスチャン・ベール)というもう一人の英国人でした。 ジョン・ロルフについては、生年など詳しいことはわかりません。 彼が史実に名を残したのは、アメリカ入植地にタバコ栽培を広め、初めての商品作物を開発し、入植地が経済的に自立し故国イングランドと対等に貿易を始めるその礎を作ったことによります。
タバコを楽しむ習慣を英国に持ち込んだのは、エリザベス朝時代の船乗りで冒険家サー・ウォルター・ローリーだと言われます。 ただし17世紀初頭、タバコ貿易は全て、スペインとポルトガルに独占されていました。 英国人は高額なタバコを、スペインから買わざるを得なかったのです。
ジョン・ロルフが新大陸に渡ったのは、最初の入植から2年後の1609年の船団ですが、この船団はハリケーンに遭い、カリブ海のバミューダに寄港して損傷修理などを行うことになりました。 ロルフはここで、タバコの種を入手したようです。また(映画の中で彼がポカホンタスに語ったように)妻と生まれたばかりの娘を亡くしたのもこの航海でのことでした。 翌1610年ようやくヴァージニア入植地に到着したロルフは、ここでタバコ栽培を始めます。
次に彼の名が史書に載るのは、1614年のポカホンタスとの結婚ですが、ロルフがどのようにポカホンタスの心を開いていったのか、実際のところはあまりよくわかりません。 ただ、彼がポカホンタスとの結婚を求めて入植地の長デール(Governor Dale)に書いた手紙は残されており、それによれば彼が本当に心からこの娘を愛して結婚しようとしたのだということがわかるとのこと。
映画の中でのロルフは、スミスとは対照的な人物として描かれていて、ポカホンタスに対してもスミスのような直接的な形ではなく、穏やかで静かだが包み込むような愛情をあらわします。 ベールを起用した理由は、抑えた演技(to underplay when appropirate)に優れているところなのだそうです。 そこにはバットマン=ブルース・ウェインの鋭角さはなく、それでいて説得力があるところが、俳優ベールを見ていて面白く…あぁ上手いなと思って、もっといろいろな役を見てみたくなってしまいました…これって私がちょっとファンになったってこと?
ロルフは病気によりポカホンタスを失った後、もう一度再婚しますが、1622年にヴァージニアで死去します。 スミスは1631年に英国で死去。メインやマサチューセッツなどアメリカ北部の冒険を終えた後、スミスが再び新大陸に渡ることはなかったそうです。
ちなみに、ロルフとポカホンタスの間に生まれた息子トマスですが、その子孫の血脈は現代に受け継がれているそうです。 トマスの娘(ロルフとポカホンタスの孫)ジェーンは、ボーリングという大佐と結婚しますが、ウッドロウ・ウィルソン大統領の夫人エディス・ボーリングはその子孫だとか。
《参考資料》 映画「ニューワールド」プロダクション・ノート(英文) http://www.hollywoodjesus.com/movie/new_world/notes.pdf ポカホンタスについて http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%AB%E3%83%9B%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%B9 ジョン・スミスについて(英文) http://www.apva.org/history/jsmith.html ジョン・ロルフについて(英文) http://www.nps.gov/colo/Jthanout/Rolfe.html 1607年以前のアメリカ植民とLost Colonyについて(英文) http://www.britishexplorers.com/woodbury/raleigh1.html
2006年05月13日(土)
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