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Sail ho!
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
「インド洋の死闘」

海洋小説ファンに「インド洋の死闘」と言えば、D.A.レイナーの小説(創元推理文庫230-2)。
時は1808年、所はインド洋セイロン沖、英艦サン・フィオレンツァ号vs仏艦ピエモンティーズ号の戦い。アメリカ独立戦争の20年後ということで、J.P.ジョーンズ(アメリカの独立戦争の英雄、米海軍の父とも言われる)は全く関係しておりません。

先週に引き続き、海洋小説の古典的名作シリーズ、今回はD.A.レイナー。
レイナーは1908年生まれ、1925年に候補生として海軍に入った職業軍人で、第二次大戦中には駆逐艦の艦長を務めていました。
戦後、駆逐艦とUボートの戦いを描いた小説「The Enemy Below(眼下の敵)」を発表、その後もいくつかの海洋小説をあらわしました。
その中の一つが、ナポレオン戦争の時代1808年のインド洋を舞台にした「The Long Fight(インド洋の死闘)」(パシフィカ出版の旧版タイトルは激闘インド洋)です。

この小説は全くのフィクションではなく、1808年3月4日〜3月8日に実際に起こった戦闘を小説化したもの。
東インド会社商船の護衛に当たっていた英艦サン・フィオレンツァ号と、仏艦ピエモンティーズ号というフリゲート艦同士の3日間にわたる死闘を描いた歴史小説です。
この戦いに関しては、当時の東インド艦隊司令官だった海軍少将サー・エドワード・ペリューが海軍本部に送った手紙や、サン・フィオレンツァ号から提出された報告書などが詳細に残っており、レイナーはこれらの史料から小説を組み立てたものと思われます。
インターネットというのは凄いもので、ペリュー提督の手紙やフィオレンツァ号からの報告書が今はなんとネット上に上がっているのですね。
http://www.cronab.demon.co.uk/StF.htm
で読むことができます。ただし報告書ですから勿論、全容が述べられていますのでご注意(つまりはねたばれということです)。

私はずいぶん昔にこの本を読んだので、かなりなところを忘れていたのですが、オーブリー&マチュリン4巻のモーリシャス攻防を読んだあとの今、読み返してみると、あ…なるほどと納得することが多い。
通常、英国の海洋小説は英国側視点のことが多く、例えば映画「マスター・アンド・コマンダー」にしても、話はすべてサプライズ号上で展開し、アケロン号の事情は全くわからず不気味な敵として存在するだけ。
ところがD.A.レイナーの小説は、相対する両艦の事情をかわるがわる丹念に描いた上で、戦いの全体像を浮かび上がらせようとしています。
ゆえにフランス側の事情もかなり詳しく知ることができるのです。

パトリック・オブライアンのオーブリー&マチュリン4巻では、インドから喜望峰に向かう東インド会社の商船がたびたびフランス艦の襲撃を受けますが、この理由についてはあまり詳しく説明されず、私もただ単に、英国に損害を与えるためだろうと思っていました。
ところが実は、フランス側にはもっとせっぱ詰まった事情があったのですね。
モーリシャスのイル・ド・フランス島でフランスは、砂糖キビのみの単式栽培を展開しました。その結果、この島は食料自給ができない状態に陥り、インドから食料を輸送せざるを得なくなってしまったのです。ところがフランスは、やがてインドでの植民地を失うことに。
となると残された道は、インドからの商船を拿捕して食料を奪うしかない。
というわけで、「インド洋の死闘」では商船の護衛にフリゲート艦サン・フィオレンツァ号が派遣されることになるのですが。
レイナーの小説の舞台は1808年、オブライアン4巻の1年半前。こうやって見てみると、当時の情勢がより広く見渡せる…というわけです。

火力に差のあるフリゲート艦同士の一騎打ち(サン・フィオレンツァ号の38門に対して、ピエモンティーズ号は50門)、
相手の指揮官の性格を読みながら、戦術を選び取り、決断を下していく課程
…など、「インド洋の死闘」には、サプライズ号とアケロン号の追撃戦に似た展開があり、また砲門数は異なりますが、サン・フィオレンツァ号もサプライズ号と同じく、フランスからの拿捕艦。1781年にラ・ミネルブ(ミネルバ)号としてフランスで建造されましたが1795年にイギリスに拿捕され、サン・フィオレンツァ号と改名されたものです。

艦は結局はその艦を指揮する者と同じ動きをする。僚艦であれ敵艦であれ、その艦を知れば知るほど、それは結局、その艦を指揮する者=艦長を知ることになる。
どこまでも執拗にサプライズ号を追うアケロン号に対し、ジャックが「何故追ってくる?私が敵艦長の身内でも殺したか?」とつぶやくと、スティーブンが「He fights like you, Jack」(彼は君と同じだよ)と答えていたシーンを思い出しますが、このような互いの人間性の探り合いも、海洋小説の面白さかもしれません。(ちなみに、このパターンは次に発売されるオブライアン5巻「Desolation Island」にもありますのでお楽しみに)。

長時間戦ったあげくに敵艦長の人となりを理解する…といえば、やはりレイナーの名を高めた第一作「眼下の敵(創元推理文庫320-1)」でしょう。
これは第二次大戦を舞台にした、英国駆逐艦ヘカテ号と、ドイツ潜水艦U121の物語。
この小説はロバート・ミッチャム主演で、ハリウッド(実は20世紀FOX社)で映画化され、映画になってみたところ、英国艦がなんとアメリカ艦に化けてしまい全く別の話になっていましたが、全く別の物語として、この映画はこれで名作だと思います。ミッチャムはともかく、クルト・ユルゲンスのUボート艦長が…「Believe me」というシーンが忘れられません。

でも映画か小説かと言われたら、やはり私は原作小説をとりますけれど。
相手の性格を読みながら命のやりとりをしていく心理戦…は、やはり丹念に描かれた小説の方が深みがあります。英国艦の軍医は心理学にも興味のある人で、艦長と二人でドイツ艦の艦長の性格を推理していくところが面白い。

それにしても、この作品、日本語に訳されたのは本が最初か映画が先か?「The Enemy Below」を「眼下の敵」と最初に訳された方は本当に凄いと関心します。簡潔で、インパクトがあって、事実を的確に表している。
どうも最近の洋画は日本公開タイトルがあまりにも安易で。横文字をそのままカタカナにすれば良いというものではないでしょ!…と。
これだから邦画に押されてしまうんだわ。舌を噛みそうなカタカナは、世界の中心で叫ばれる愛には勝てません…って。
去年公開の「恋愛適齢期」とか一昨年公開の「めぐりあう時間たち」とか、一年に一本は「おぉさすが!」というタイトルがあるのですが。
配給会社の方にはもうひとひねりご一考いただけないものかと。

そう言えば間もなく…2月15日から「Uボート最後の決断」(これはまた直截なタイトル!)という映画が全国公開になるそうですね。
http://www.uboat-sk.jp
地味ながら見応えのある映画になるのだろうな…と推察しますが、15日公開というのは私の場合ちょっとあんまりな日程で。
年度末の最盛期ですので、さすがに見に行っている余裕がないかもしれません。
「ローレライ」の方は3月5日公開なので、年度末にめどがついた3月末でもまだ何とかなると思っているんですけど。

ということで、この場でおしらせとご連絡。管理人年度末多忙のため、こちらのHPの更新も、次の連休明けから3月20日過ぎまでは少しペースが落ちるかもしれません…が、あぁ忙しいんだなと暖かく見守ってくださいましたら幸いです。
とり急ぎのニュース更新には何とか対応していくつもりです。
よろしくお願いいたします。


2005年02月05日(土)