Sail ho!
Tohko HAYAMA
ご連絡は下記へ
郵便船
|
|
Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
ノリントン提督とトマス・キッドと非情の海
先日、サンディエゴ海事博物館に、レディ・ワシントン号が来訪するというニュースをお伝えした時に、 「ご存じですか? 映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』でノリントン提督を演じたジャック・ダヴェンポートは、英国ではジュリアン・ストックウィンのトマス・キッド・シリーズ(邦訳はハヤカワ文庫NV)の朗読CDを出しているんです」 というメールをくださった方がありました。 ひゃ〜! 全然、存じませんでした。 情報ありがとうございます。Mさん>
さっそくamazon.ukで調べてみたところ、現在入手できるのは最新刊のSeaflower(邦題:快速カッター発進!)だけのようです。 いやでも、ノリントン提督がキッドを朗読している…と考えると、ちょっとその落差に笑えるんですけどね。
いま提督…と書いたのですが、実は正確に言うとノリントンの職位は司令官(Commodore)なので、提督の一つ下です。 詳しくは、左側の「映画を楽しむために/18-9世紀英海軍の階級システム」をご参照いただきたいのですが、ご存じの通り、当時の職位はLieutenant→Commander→Captain→Commodore→Admiral となっております。 でも司令官と言っても慣れない人にはピンとこないでしょうから、これを「提督」と訳すのは、まぁ仕方がないかな…とは思うんですが、 「パイレーツ…」の字幕にはひとつ間違いがありまして、CaptainからCommodoreに昇進するというのを、「大尉から提督に昇進した」としています。 陸軍では大尉がCaptainなので、それが間違いのもとなのでしょうけれど、大尉から提督では出世しすぎですってば! ノリントンは正確には、映画の冒頭(幼いエリザベスが海の上でウィルを発見するところ)ではLieutenantで、エリザベスが子役からキーラに変わった時点でCaptainからCommodoreに昇進します。 ちゃんとそう呼ばれていますので、今度耳をすませて英語を聞いてみてください。
さて、そのノリントンを演じたジャック・ダヴェンポートが朗読している作品の一覧がこちらです。 ジョナサン・リース・マイヤーズ主演で去年日本公開された「テッセラクト」の原作とか、「ブラボー・ツー・ゼロ」の作者アンディ・マクナブのスパイ小説「リモートコントロール」「クライシス・フォア」「ファイアーウォール」(いずれも日本では角川文庫)とか、面白い作品を朗読していて、おやまぁ…と思いました。
いやでも私、同じ傾向ならマクナブよりはハヤカワNVから出ているクリス・ライアンの方が好きなのだけど…、ライアンの朗読CDって出ていないのかしら? と思ってついでに調べてみましたら…ありました。あったんですけど、誰が朗読していたと思います? ポール・マッガン。 ホーンブロワーのブッシュ役ですよ。あらら…。
ま、話しは、先ほどのリストに戻って、 ダヴェンポートが声の仕事をした作品の中で、「あ…これは!」と思ったのがこの作品です。 The Cruel Sea:Starring John Thaw & Cast (BBC Radio Collection) これは、BBCラジオが制作したニコラス・モンセラットの小説「非情の海」のラジオドラマ。 主演のジョン・ソーは、日本ではNHKBSで放映された「主任警部モース」で、主人公のモースを演じていた役者さんです。 主演というのですから、おそらく彼が主人公のジョージ・イーストウッド・エリクソン艦長の役(声)なのでしょう。 ダヴェンポートはいったい誰の役なのか?
ニコラス・モンセラットの「非情の海」は、第二次大戦をあつかった英国の海洋小説では古典的名作とされる作品です。 モンセラットの小説は、むかしフジ出版から数冊、徳間文庫からも3冊出ていましたが、これらは今では古本屋でしか入手できません。 このうち徳間文庫から3分冊で出版された「海の勇者たち」は、ドレイク〜ネルソンの帆船時代を舞台にしています。 しかしこの「非情の海」だけはその後、至誠堂から再版されていますので、今でも大きな書店に行けば手に入れることができます。
この「非情の海」が海洋小説の傑作と言われる理由は良くわかります。 去年、ダグラス・リーマンの小説「起爆阻止」がハヤカワNV新刊となった時に、私はこの小説を「非情の世界の情を描いた逸品」と紹介したと思うのですが、「非情の海」もまったく同じ。 第二次大戦中の北大西洋、荒天と寒さとUボートに常に脅かされる非情の海に浮かぶ小さなコルベット艦コンパス・ローズ号艦上の、ささやかな乗組員たちの情の世界を描いて…、無惨な戦場を描きながらも、最後には人のぬくもりが残る小説。 リーマンがエピソードでぐっと引きつけるのに比べると、モンセラットはセリフで来る。忘れられない印象的なセリフがあります。 ラジオドラマとして魅力を発揮する作品でしょう。
作者ニコラス・モンセラットは大学卒業後文筆業に従事していましたが、戦争勃発とともに海軍に志願し、少佐で終戦を迎えました。 戦争前はジャーナリストだったという「非情の海」の副長ロックハートは、モンセラットの実体験なのだろうと思います。 この小説は1953年に英国で映画化もされましたが、近年この映画はDVDでよみがえっているようです。
偶然ちょっと土曜日の某予告が懐かしいタイトルだったので、来週も海洋小説の古典的名作シリーズを続けようと思います。 …ので、次週予告は「インド洋の死闘」D.A.レイナーということで。
2005年01月31日(月)
|
|