Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
英国海軍とトロイ戦争
映画「トロイ」を見ていて、思わず喜んでしまったのは、トロイ人たちが「Trojans!」と叫んで斬り込みするところ(笑)。 帆船時代の斬り込みには自艦の名前を叫ぶのが習いで、「M&C」でも「サプラーイズ!」とか「アシュローン!」とか言う雄叫びが上がっていたのを、覚えていらっしゃると思います。
なぜ私が「トロイジャーンズ!」で喜んでしまうかと言うと、リチャード・ボライソーの海尉時代の乗艦が「トロイヤン号」だったからです(2巻「革命の海」)。 実はヨーロッパの各国海軍は、ギリシャ神話から艦名を拾ってくることが多い。 アケロン号もそうですね。ギリシャ神話の三途の川の支流から名前をとっています。 映画「トロイ」の中でも、字幕に「三途の川」と出たので、耳を澄ませて聴いていたら、アケロン川ではなくて下流のスティクス川の方でした。もっともスティクス川(スティクス号)もボライソー・シリーズには登場しますが。
「アガメムノン」と言えば、私の場合は、ミケーネの王より先に、ネルソン提督の旗艦。もしくは、むかしジャックが海尉として乗り組んでいた艦アガメムノン号を思い出してしまいます。 それでちょっと興味を持って、映画「トロイ」の主要キャラが、どこまで当時の艦名になっていたか調べてみました。
18世紀末から19世紀初頭の実在艦とトロイ戦争 とりあえず、フィクションの世界は横に置いて、最初に実在艦からご紹介しようと思います。 実在したのは、以下の9艦。付記したのは就役年です。
ヘクトル号(Hector) 74門戦列艦 1774-1808 アガメムノン号(Agamemnon) 64門戦列艦 1781-1809 アキレス号(Achilles) 60門戦列艦 1757-1784
ユリシーズ(オデュッセウス)号(Ulysses) 44門フリゲート艦 1779-1816 メネラオス号(Menelaus) 38門フリゲート艦 1810-1832 テティス号(Thetis) 38門フリゲート艦 1782-1814 アンドロマケ号(Andoromache) 32門フリゲート艦 1781-1811
ブリセイス号(Briseis) 10門ブリッグ 1808-1816 ヘレン(ヘレナ)号(Helena) 14門 1778-1796, 1801-1802, 18門 1804-1814
当時の英国海軍は、砲門の数で艦を等級分けしており、等級が上であるほど、大型艦ということになります。 ヘクトル、アガメムノン、アキレスは三等級艦、ユリシーズ、メネラオス、テティス、アンドロマケが五等級艦。 ブリセイスとヘレンは、等級外の小型艦艇ということになります。このクラスは艦長(Captain)が指揮をとるのではなく、海尉艦長(Commander)が艦長役をつとめていました。
面白いなぁと思うのだけれども、大型艦には男性名を、小型艦には女性名をつけるのですね。 そういう傾向があるのでしょうか?
ただしトロイ戦争の重要な登場人物でも、艦名になっていない人がいます。 パリス(Paris)…の名が無いのは当然(笑)として…艦長が浮気して国を滅ぼしたら大変…海洋小説の場合これはあまり冗談にならない。 トロイ王プリアモス(Priam)が無いのは何故なのか。やはり滅びた国の最後の王だからなのでしょうか?
ただしこのプリアモス、海洋小説にはこの名前の艦が登場する、とのご指摘をいただきました(Uさん、ありがとうございます)。 ボライソー21巻にちらっと出てくるプライアム(Priam)号がそれです。
海洋小説に登場する艦艇とトロイ戦争 海洋小説に登場する艦は、必ずしも実在するとは限りません。 ボライソーシリーズの作者アレクサンダー・ケントは、その時代には実在しない艦を主人公に選んでいることが多いですが、パトリック・オブライアンの場合は、非常に手が込んでいて、実在艦ではあるが実在しない…というトリックを使っていることがあります。
その良い例がサプライズ号。サプライズ号という艦は確かに実在するのですが、ジャックが艦長である1805年には実在しません…実在のサプライズ号はジャックの艦長就任に先立つ3年前の1802年に解役されているのです。
ただしオブアイアンは、回想でしか語られないジャックの過去の経歴には多くの実在艦を登場させています。サン・ビサンテ沖海戦時のオライオン号、ナイルの海戦時のリアンダー号、そして、ネルソンの旗艦として有名なアガメムノン号。…もちろん名前の由来は、トロイ戦争に登場するミュケナイの王アガメムノンからです。
原作小説と映画「M&C」では微妙に設定が異なるのですが、原作・映画双方を照らし合わせ、ジャックが海尉に昇進した年齢とネルソンが艦長職にあった時期を強引に照合すると、どうやら映画「M&C」の中でジャックが語ったネルソンの思い出は、このアガメムノン号時代のもののようです。 ネルソンが艦長として、後には戦隊司令官兼務でアガメムノン号に乗っていたのは1793年〜1796年の3年間。その頃ジャックは24〜5才だった筈で、映画でジャックのセリフになった「カラミーの年齢と同じ頃」よりは少々上なのですが(ジャックが20才くらいの頃、ネルソンは半額給で陸に上がっていたので、それはたぶんジャックの記憶ちがい)プリングスが年少の候補生だったという方はまぁ年齢的に合うので、このアガメムノン号時代で良いのではと思います。
7月に出版される4巻でもジャックのアガメムノン号時代の回想が語れますが、ここではジャックははっきり「アガメムノン号は旗艦だった」と言っていますし、「アガメムノン号で英国に帰還した」と語っているので、4巻のエピソードについては1796年の話だとわかります。
というわけで、皆様>ほら、話はちゃんと「トロイ」から「M&C」の映画に戻って来ましたでしょう?
それにしても、つねづね思うのですが、イギリス人もフランス人もどうして、ギリシャ神話から艦の名前を引っ張ってくるのでしょう? 敵対する双方が同じ神話から艦の名前をつけているので、同名艦が双方に存在してややこしい。 ギリシャ・ローマはヨーロッパの古典…とは言っても、イギリスはもともとゲール人の国でローマ人は後から攻め入ってきたのでは?
日本人として不思議なのは…、 江戸時代の武士の教養といえば漢典籍…つまりは中国古典で、ヨーロッパの画家たちがギリシャ・ローマ神話を絵画の題材としたように、日本の画家たちも中国古典の登場人物たちを描いてきました。このあたりの事情についてはイギリスと日本に大差はありません。 でもだからと言って、私たちが日本の船に劉備玄徳だの、諸葛孔明だのという名前とつけるかというと…それって、やっぱり、ちょっと抵抗ありません?
やはりこのあたり、西洋人と日本人の、感覚とか国民性の違いなのでしょうか。 日本では戦前の旧海軍も含め、艦に人名を付ける…ということすらしていませんでしたものね。 無骨な空母が「瑞鶴」という艦名であったり、駆逐艦に「村雨」「野分」「狭霧」「萩風」などと名付けていた旧日本海軍の命名基準というのは、グローバルスタンダードから考えると並はずれて風雅だったのだなぁ、と今更ながらに驚くのでした。
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本日、6月6日は、ボライソー・シリーズの2代目主人公、アダム・ボライソーのお誕生日です。 そうか、双子座だったのか…アダム。
2004年06月06日(日)
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