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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
トロイとマルタと平家物語

【未見注意】5月22日から公開の映画「トロイ」について、前半は軽いねたばれを含みます。ただし後半は、海洋歴史小説ファンからのつっこみであるため、これから映画をご覧になる方がお読みになった方が面白いかもしれません…という矛盾に満ちた感想です。ねたばれを厳しく回避される方にはおすすめいたしませんが、軽微なものなら気にされない方はお読みください。

「トロイ」を見てきました。
こんなHPをやっていると西洋史に詳しいと誤解されそうですが、私の場合、ギリシャ神話は聖書と同程度に、そこそこの知識しかありません。
ギリシャ神話に詳しい方や、「イリアス」をきちんと読んでいらっしゃる方には、この映画、不評のようなのですが、極めてあやふやな知識しかなかった私は、それなりに満足して帰ってきてしまいました。そして、思った感想が、

これって、平家物語だわ。

「トロイ」は様式美の見事な映画です。出陣の厳粛、一騎打の勇壮、火葬の荘厳、落城の哀れ。
軍記ものって、洋の東西を問わず、同じようなものなのでしょうか?
映画のセリフ、どこまで「イリアス」からとっているのかはわかりませんが、ところどころ韻を踏んでいたり、対句になっていたり、聴いていて音的に、とても綺麗な英語でした。

ヨロイもよく見ると本当に綺麗なのですね。
目立たないように紫水晶が埋め込んであるヘクトルの鎧がお気に入りですが、繋ぎの部分に小さな赤珊瑚がビーズ玉のようにはめ込まれているアガメムノンの大鎧も華麗で。「赤糸威(あかいとおどし)の鎧きて」などという軍記ものの一節が浮かんでしまう。

ある意味、元禄時代以前のNHK大河ドラマにも共通する「見せ場」や「泣かせ」があり、古典的ではあるけれど、要所要所できっちり見せてくれる。
…そんなところが、私たち日本人が平家物語なり太平記なりを読んだり見たりする時に感じる美意識に通じて、けっこう「ずきっ」とハートに来てしまったのでした。

これは字幕ではなくて吹き替えで見た方が良かったのかなぁと思い始めています。
ロード・オブ・ザ・リング(LOTR)のローハンは、侍言葉の混じる日本語吹替版の方が様式美が際だっていましたし、ゴンドールの執政デネソールも、日本語版の方が重みが出て救われる。
「トロイ」も翻訳次第ですけれど、もし綺麗な日本の古語になっていたら、これは見事なのではないかと…、私の家の近くでは既に吹替版の上映は終了していて、見ることは叶わないのですが。

原作をきちんど読んでいらっしゃる方には不評の、ハリウッド的ストーリーの改変という批評もわからないではないのですが、…まぁアガメムノンの結末については、私も「あれでいいの?」という部分はあります。
でもあれがハリウッド的かというと、所謂ハリウッドの「勧善懲悪すっきり片づいた結末」からは巧みにハズしてありますし、また逆に、巧みなハズしと言えば「この人、助かっちゃっていいの?」の部分もあり、良い意味で不条理な結末になっているのでないかと。
このあたり「やっぱりペーターゼン監督だから?」と思わないでもないのですが。
…でもその不条理も、某次男坊のベスト・キャスティングゆえに何となく許してしまいますからね(笑)。

LOTRを見た人には、パリスが夜中に弓の練習をしているとそれだけで笑える…とはよく言われていますが、個人的にはブライアン・コックスのアガメムノンと、反抗的な一匹狼ブラッド・ピットのアキレスに間に立って、苦労する中間管理職オデュッセウスのショーン・ビーンも苦笑ものでした。
10年前、別のTVドラマで、ブライアン・コックス演じる上官ホーガン少佐の手を焼かせた反抗的な一匹狼リチャード・ショープ中尉を演じていたのは、どこの誰だったかしら?
…その彼が中間管理職ですか。ご出世おめでとうございます、と言うべきなのでしょうか?

私が「M&C」情報の収集に使っていたアメリカのラッセル・クロウ情報ページ(海外の新聞や雑誌に載った関連記事が紹介されているHP)に、「トロイのアキレスと、グラディエーターのマキシマスが戦ったらどちらが勝つか?」を論じたアメリカの新聞記事が紹介されていました。「M&C」の時も「ふたりのジャック」という、ジョニー・デップ演じたジャック・スパロウ船長との比較記事がありましたが、アメリカの新聞って真面目にこういう企画をたてるから好きだわ。

さてこのアキレスvsマキシマスの記事ですが、
歴史学の教授いわく「アキレスの武器は青銅製であった可能性が高く、マキシマスの武器は鉄製。当然、マキシマスの勝ちだろう」。
古典文学の教授いわく「アキレスには神々がついているが(母は女神で祖父は大神ゼウス)、マキシマスにはついていない。アキレス有利だろう」
大真面目に分析されています。
さらに、体育学の教授いわく「そりゃ、ウェイトならラッセル・クロウだろう、」
……………。
これって、そういう話しですか??? 
この大笑いな記事を、真面目にお読みになりたい方はこちら

そういえば、「M&C」の捕鯨船の航海士ミスタ・ホッグことマーク・ルイス・ジョーンズがテクトン役で「トロイ」に出演していた筈なのですが、1回見ただけでは何処に出ていたのかわからなくて…。
テクトンってトロイ側の将の一人では?と言われていますが、未確認。
どなたかおわかりになった方、ありますか?

どうも私、やはりいまだに、「M&C」後遺症は引きずっているみたいです。

ヘクトルお兄ちゃん…おねがいですから、その格好であの船で、英語で操帆命令を出さないでいただけると有難いのですが…。
あの船で「set sail!」とか言われてしまうと、スターリングラードで英語を話すドイツ兵やソ連兵同様、とっても、とっても、妙。

トロイに登場する船にはへさきに魔よけの目が描かれていましたが、今でも地中海のマルタに行くと、漁船のへさきには同じ魔よけの目が描かれています。
「トロイ」のロケは、このマルタと、メキシコのバハ(M&Cと同じところ)で行ったそうですが、もはやメキシコ沖の太平洋の青をすっかり覚えてしまった私の目には、「ここはマルタ、ここはメキシコ」と海の色を見るだけでロケ地がばれる(笑)。あらら、エーゲ海とガラパゴスが同じ海の色だわ。

地理的にはエーゲ海は地中海と一つ海ですから、マルタ・ロケは大正解。地中海は太平洋や大西洋と異なり、海流によって大がかりに海水が循環しないので、あの独特な青をしているのだそうです。

マルタの海の青はこんな感じ。
グランド・ハーバーとリカゾーリ砦


対岸の奥が、今回「トロイ」のロケに使われたというリカゾーリ砦、かつて英国海軍の地中海基地だったマルタのグランドハーバーを守る、一番海側の防衛線でした。


ついでに、これが二番目の防衛線、聖アンジェロ砦。ジャックの時代に英国海軍司令部があったところで、オブライアン9巻「Treason's Harbour」の舞台でもあります。
海軍司令部は後に、現在のマルタ国立美術館の建物に移動したため、今でも国立美術家に行くと歴代の地中海艦隊司令長官の名が壁に彫り込まれていたりしますが、ジャックの時代は聖アンジェロ砦にありました。

この聖アンジェロ砦は別のハリウッド映画、ジム・カヴィーゼル&ガイ・ピアースの「モンテ・クリスト伯」のロケにも使われました。この映画、ホンモノの帆船をグランドハーバーに持ち込んでもくれたので、私はもうその映像に感激してDVDを買ってしまった…という。
映画そのものは、これもデュマの原作ファンだと一言あるとは思うのですが、映像的には綺麗ですし、最後のダンテスとモンデーゴの決闘は一見の価値あり。ガイ・ピアースは少年時代にフェンシングをやっていたとかで本格的。私には忘れられない決闘シーンの一つになっています。

どんどん話しがずれていますね。
それでは、ずれついでに、最後は少し真面目な話。

「トロイ」の映画パンフや、映画雑誌など見ていると映画「ブラックホークダウン」の話が出てきます。
考えてみれば、この映画のストーリーでも、歯車が狂いだしたきっかけは、誰かさん演じる新兵の失敗だったような。
でも今の時期、ちょっと確認のためでもこの映画、見るのは辛いだろうと思っています。イラクの現実が、おそらくそのままに目の前に展開されているのではと思われるので。

この映画、役者さん的にはなかなか面白いと思ったのですが、最初の公開が米軍のアフガン攻撃直前で見に行く気分になれず、1年後、DVDが出る頃にはイラク攻撃がカウント・ダウンで手がのびず、結局DVDを借りたのは去年の夏、とりあえずイラクが情勢一段落と思われていた時でした。

この映画はソマリア国連軍の10年前の実話です。ゲリラを掃討に行った筈の、国連軍の主力である米軍が、民間人を巻き込んだ市街戦を展開する羽目に陥り、多数の死傷者を出した…という事実をその通り映画化しており、今の時代に見ていると、やはり役者さんやストーリーより先に、「どうしてこのようなことになってしまったのだろう?」ということを考えてしまいます。
それが疑問で、またしばらく前にNHK特集の「アフリカの世紀」でこのソマリアの問題をとりあげていたこともあり、結局原作であるノンフィクションにも手をのばしました。

町中で市民の中に潜り込んだゲリラを判別するのは難しい。兵器が小型化している世の中ですから、街角から簡単に武装へりコプターが撃ち落とせる、ゆえに、もしそれを力づくで阻止しようとすると、周囲にいる何の関係もない民間人を大量に巻き込んでしまうのだということ。
おそらくあの映画と全く同じことが、今イラクでも起きているのではないかしら? 強引にゲリラを潰そうとすればどうしても、巻き込まれた周囲のふつうの人々の怒りをかってしまうことになる。それがアメリカが今現在憎まれている原因の一つでは…と。

10年前のソマリアの教訓が、全く生きていない現在、あの映画の存在価値には、ソマリアを人々に思い出させるという意味もあるのだろうと思います。


2004年06月05日(土)