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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
歴史考証の仕事--ゴードン・ラコ氏の功績

カナダの日刊紙トロント・スター2003年11月16日およびニューヨークタイムズ紙11月27日より、艦船関係の歴史考証を担当したゴードン・ラコ氏の記事を、2本組み合わせでお送りします。
Battle cry for accuracy トロント・スター紙2003/11/16
The Master Rigger ニューヨークタイムズ紙2003/11/27

ゴードン・ラコは以前、19世紀初頭に英国がカナダ北部Penetanguisheneに建設した海軍基地史跡の保存や資金調達に関わる仕事に携わっていた。予算が限られ、ラコは営業活動に励まざるをえなかった。
その過程で彼はカナダ・オンタリオの映画協会と関わりを持つようになり、CBC製作の「カナダ:人々の歴史(Canada:A People's History」やBrian McKenna製作のドキュメンタリー「1812」にアドバイザーとして助言を行ったりしていた。

ラコ夫妻は昔からパトリック・オブライアンの原作小説のファンだったが、映画化は難しいだろうと話していた。事実、この小説は映画化が実現するまで10年、ハリウッドを漂流していた。歴史・艦船双方に及ぶ歴史考証の複雑さから引き受ける監督がいなかったのだ。

ラコがこの複雑な歴史考証に関わることになったきっかけは、ローズ号船長との電話だった。再艤装が必要となったローズ号ではその資金を提供してくれる後援者を捜していた。そこで私は船長に言ったんだ。「そう言えばオブライアンの小説を映画化とする話しがあったと思うが、どこの映画会社が製作しているんだろう?」と。
これがきっかけとなってラコは映画のプロデューサー、ダンカン・ヘンダーソンと出会い、18ヶ月後にメキシコのFOX社の撮影スタジオに赴くことになったのだった。

当初の仕事は、ローズ号の改装にかかわる技術的助言と、船乗り役の俳優たちへの基礎的な指導だった。だが、ラコは、ヘンダーソンとウィアー監督から、歴史考証全般にも責任を持ってくれと依頼されることになった。
かくして、雰囲気の再現にこだわる完璧主義者ピーター・ウィアー監督と、朝から晩まで現場を離れず自分の演じるキャラクターについてはありとあらゆる情報を求めるラッセル・クロウとの仕事が始まったのだった。

ラコは朝5時から夜10時まで撮影現場に詰め、雨あられと寄せられる質問に回答を与えていった。
質問内容は歴史的な事象から、当時の水兵たちの娯楽(今考えると内蔵のひっくりかえりそうなシロモノ)にまで及んだ。

歴史的正確さにこだわった結果、砲撃音は全て、実際の複製砲を発射して録音された。
砲弾の与える損傷についても、ラコ率いるスタッフは、当時と同じオーク材で船腹を復元し、実際に砲撃して撮影した。その破壊力、木片の飛び散り方など全てがハイスピード・カメラに収められた。

ラコはラッセル・クロウの個人教授も務め、当時の艦長の立ち居振る舞いから知識にいたるまで、それが自然と身につき映画に反映されるように指導した。
「彼ほど熱心に仕事をする俳優は見たことがない」とラコ氏は語る。
クロウの集中力はもはや周知の伝説だが、この映画も例外ではなかった。わずかな時間のシーンにも彼は手を抜かない。艦の候補生たちに六分儀を使った航海術を指導するシーンのために、ラコ氏は4時間もクロウに付き合った。「彼は六分儀を完全に使いこなしたいと言うんだ」とラコ氏。
(訳注:このシーンは本当に1分も無いのです。途中で他の士官が艦長を呼びに来るので、候補生への指導は中断されてしまいます)

ラコ氏はメキシコのFOXスタジオの巨大プールに建造された複製セットのサプライズ号を「フランケン・シップ」と呼ぶが、これはこの複製セットのマストが途中でカットされているからだという。「フリゲートはその策具と下部の横帆だけで十分な推力を得てしまい、プールに船を固定し揺れを起こす油圧装置に負担をかけてしまう」そのため、セットでの撮影したシーンでは、マスト上部をCGIで合成している。もちろん「親愛なる婆さんローズ号(Dear Old Rose)での撮影シーンでは全て自前だ」

この映画に、ラコ氏が最も貢献できたと考えているのは、当時の艦内のヒエラルキーと人間関係を正確に再現したことだった。これはストーリーテラーとしてのウィアー監督の仕事に直接かかわるデリケートな考証作業である。監督はラコに、生き生きとした船上生活の再現を求めた。

「ハリウッド映画は長年徹底的に、水兵たちは士官に絶対服従という概念を植え付けてきたが、実際のところ同程度の比重で士官は水兵たちを頼りにしている。その一体感(sense of community)が、私にとって肝心な点なんだ。我々はそれを映画に表そうとしてきた。それがわかりやすいように脚本も手直しした」
かくして映画には、長期間にわたり閉鎖空間に閉じこめられてきた乗組員たちの絆が反映されることになった。

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この記事、全米公開前後の嵐のような情報洪水の中でざっと目を通し、それっきり内容をコロッと忘れていたのですが、今読み返してみるとつくづく納得…というか、自分の書いた映画の感想を思い出してドッキリ…というか、私ったらすっかりウィアー監督とラコ氏の術中にはまってますね。
でも本当に、この「サプライズ号乗組員の絆」は見事に画面に現れていると思います。

「ハリウッド映画は長年…」というのも、思い当たるふしがいろいろと。アレック・ギネス主演の「デファイアント号の反乱」…はまぁ反乱モノだから致し方ないとしても、グレゴリー・ペックの「ホーンブロワー」とか、どうしても視点が士官に偏ってしまうんですね。
いま猛烈にもう一度見てみたいのは一番最近のハリウッド作品であるメル・ギブスン&アンソニー・ホプキンスの「バウンティ:愛と反乱の航海」なんですが。これどうでしたっけ?

年末にセイル・トレーニング・シップ「海星」が、横浜を離れました。上記の記事にも登場しますが、サプライズ号を演じたローズ号も、3年前には同じような状況にあったのです。幸いにも映画「マスター・アンド・コマンダー」がローズ号を救ってくれましたが、撮影が終了した現在、ローズ号は西海岸のサンディエゴに停泊したまま、母港であるロードアイランド(東海岸)に戻りセイル・トレーニングを再開するめどはたっていないようです。なかなか難しいものですね。


2004年01月03日(土)