京都〜春江〜市振 - 2003年08月20日(水) これから、日本海をめざして北上します。(am8:00) 帰ってきたので、この日を振り返りつつ。 今にして思えば、今回の旅行中、唯一最良の一日が初日だった。 この日めざす先は北陸本線で北上した際に新潟県内初の停車駅となる「市振」 たしか、芭蕉の翁の「一家(ひとつや)に 遊女も寝たり 萩と月」の句が詠じられた地だった筈。この句から連想される『獄門島』(と言っても僕の知っているのは市川崑監督の映画のほうで、原作は読んだことがないのです)のハナシはまた別な話題なので措くとして この日は「市振」に辿り着くこと以外にさして目的もなかったので、途中、「春江」で下車してみた。 予想通り、駅前は何にもない。今どき、余ほどの都会以外で駅前が発展しているところなんて無い筈なので、まぁ、典型的な田舎町なんだろうな。ただ、跨線橋から見渡した時に北のほうに大きなショッピングセンターみたいな建物も見えたから、国道沿いか何か知らないけど、それなりに発展している地域もあるんだろう。これも当世の典型的な地方の街の有り様だと思う。 そんな、ごく普通だけど、僕らにとってはフツーじゃない「春江」の駅前近辺を小一時間ほどぶらつく。事前に情報を仕入れているわけでもないので、特に聖地といえる様な場所(小中学校は各一校しか無かったみたいだけど)に足を運ぶでもなく、ただただ徒に歩きまわってみた。 本当にホンの少しなんだけど、愛ちゃんを身近に感じた気になって、すっごく実に幸せな気分に浸った。 電車からぱらぱらと降りてくる高校生なんかは、殊によると愛ちゃんの同級生だったX君やYさんなのかも知れないわけで、きっとごく普通に生活しているんであろう彼や彼女の姿を勝手に懐かしみながら、その向こうにあるかつての愛ちゃんの姿なんかを是また勝手に思い描いてみたりして、いやはやヲタの妄想の源は汲めども尽きぬモノである。 気になったのは、駅前をちょっと歩いただけで、田舎町に似合わず銭湯が二軒もみつかったこと。こんな家風呂のある家庭ばっかりのような土地に何ででしょう?いやそれよりも、ここに愛ちゃんが・・・そして数え歌を・・・・ 19時を過ぎて完全に日暮れた「市振」で下車。新潟の土を踏む。 駅から歩いてちょっとの小学校の校庭に勝手にテントを設営して宿泊。そこから直ぐ目の前が漁港で、さらに歩くと海水浴場がある。辺りは真っ暗、打ちよせる波の音が絶え間なく聞こえるだけで、見上げれば満天の星空。あぁ、なんて素敵な孤独なんだろう。自分がここにいる、それだけだ。 新潟の最初の一夜は、言い尽くせない、忘れ得ぬ夜だった。 もし、僕が詩人だったなら!楽器のひとつでも奏でられるんだったなら! ...
|
past will |