憂色透明
憂々とし 夢現 筒抜で ウェア アム アイ 強引

2007年03月27日(火) 長く短く、軽いけど重い、人生はそんな矛盾のどでかいカタマリや!

こんなところ、もう忘れていたよ。

当時好きだった人をまねて、この日記を書きはじめた高校2年の時は、まだブログなんて言葉もなかったと思う。当時は何人かの人が読んでくれていたけど、今はもう誰も見ていないのだろうな。

今日、地元の図書館をぶらぶらしていたら、デリヘルの仕事をしていた女性が書いた本が偶然目に入り、それを読んだ。彼女の仕事をもっと知りたくて、グーグルで検索していた。

ことばのもつ連想力というのは、すごい。
ひとつの単語を入力するたび、そういえば○○といえば、5年前に△△ということがあったな。△△といえば、□□という人がいたな、と、どんどんつながっていく。

あれ?出発点はどこだったっけ?
そんな風に不安になるけど、だいじょうぶ。結局ぜんぶつながっている。

この日記を今日再発見したのも、そういう風に検索にかけたある単語が、この日記の1ページに引っかかったから。

ブラジル、サンパウロでは、毎日毎日書きたいことに溢れ、溢れてこぼれて、けっきょくウェブで公開するという形には至らなかった。旅行も、あいかわらずひとりアマゾン北部まで、山ほどしたけど、書けなかった。
そんななか、ある新聞に、自分の書いた記事と写真が、一面に掲載された。
このチャンスをくれた、42歳で、元コカインユーザーで、過剰にファンキーで、そしてわたしの同居人の一人でもあった友人、フラヴィアオンが、時に酒を飲みすぎては、涙を流し、いつもいつも言っていた。
「ニホンでも、なにかを書け!!」

わたしには、長い小説を書くような3次元的構成力はないと思うが、こういう日記からまたはじめてみようとおもう。

本当はまだ帰ってくるつもりはなかった。だけど、日本にも新しい出逢いは山ほどある。
7年前書き始めたときは、なにかが気恥ずかしくて、一人称は俺だった。
わたしは、ほかの人間が年を重ねて変わっていくように、変わった。
でも、この日記の意図は、今でも変わらない。
人との出逢いにあふれたものでありますように。


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