じゃかじゃかじゃか。
静寂の夜
走っても走っても、道が無い。 あるのは自分の背丈より高い、緑色の雑草ら。 もりもりもり。 それが腕や足を引っ掻いて、無数の傷をつくるもんだから、痛いったらありゃしない。 それでも走り続けなければいけない。 じゃかじゃかじゃか
野犬が追ってくる。 そうぞうの中では、黒のドーベルマンだこれは。 さっきまで一緒だった級友は、もう先にいってしまった。 つまり独りだ。
(怖ぇえ。)
背後にせまる野犬の遠吠え:うぉぉぉ〜〜ん うぉぉぉ〜ん
(あわわわわわわわ…)
一心不乱で、雑草を掻き分け、走る。 跣の足は、ドロだらけだ。 ぐちゃぐちゃぐちゃ。 緑色の雑草のせいで、視界がない。 四方八方ぜんぶ、縦方向に線が延びている。 ぐぅーんぐぅーん。
はぁはぁ。おえっ。 うぉぉぉ〜ん。 じゃかじゃかじゃか。 おえっ
あぁ。ちびりそう。
ふと右足が、30度に傾いたと思うと、小高い丘に駆け上った。
(出口だ、出口だ、森を抜けるに違いない)
つんのめりながら、ばさと両手で雑草を掻き分けた。
月だ!
巨大な月だ。 巨大な月は、見た事ないくらい飾り立ててぼうっと光る。
出口じゃないですねこれは。 そう感じ、走る気もうせた。
恐ろしく虚栄的な月のなかに、野犬の影が蠢き、どうやら遠吠えはそこからやってくる。 やってくる。 かぐや姫でもなく、野犬が一匹、巨大な月を占領している。 遠吠えは背後からだと錯覚していたものが、なんと頭上から、地上のもの総てを包括するように聞こえてくる。
非常識的にでかすぎる、あの黄色い月が今でも忘れられない。
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そういえば、友人がシンガポールで月を見たらしい。 赤道に近いシンガポールの三日月は、上半分と下半分なんだって。 彼女はそれに感動した。 見てみたいなぁと思った。
さて、わが『野犬の月』はもう二度とみてない。 人生ではじめて見た夢以来。
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