セクサロイドは眠らない
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2010年07月11日(日) |
辰夫を悲しませるようなことをした時だけ、辰夫のことを思い出すのだ。 |
「今日はねえ、あたしの誕生日会をみんなでやってくれるって。だから遅くなるわ」 上村は笑った。
もう76にもなる女だったが、美しかった。 辰夫は、「ああ。行っておいで」とだけ答えた。
上村は、二の腕を美しくむき出しに、洋服の裾をヒラヒラとさせながら出て行った。腕と脚を美しく保つことに腐心している女なのだ。いつ帰るとも言わなかったから、多分、夜通し騒いで、明け方になって付けまつ毛を片方落として帰ってくるだろう。
辰夫は先月47歳になった。妻と子供2人を残して、上村と一緒に暮らすために慣れない土地にやってきて、もう10年経つ。上村は、辰夫の妻と子を気遣い、「早く帰ってあげなさいよ」と言うのだが、辰夫はもう上村から離れることはできない。
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上村は、辰夫と知り合った頃には、まだ夫がいた。一回りも年上の夫の世話をしている時、上村は平凡な主婦だった。髪は、白髪を染めるのが間に合わず乱れていることが多かったし、化粧もほとんどしていなかった。それでも、どこか活き活きとした身のこなしに心惹かれて、辰夫から近づいた。 上村は、「もうすぐ50だけどいいの?」とだけ訊ねて、あとはさっさと服を脱ぎ捨て、辰夫の身体に両腕を回した。辰夫は上村の情熱のようなものを抱いているだけで、自分の中の何かが呼び覚まされるような気持ちになり、上村を抱くことをやめられなくなった。
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上村の夫が亡くなった時、辰夫は上村を慰めようと駆けつけた。その通夜の席で上村がふっと微笑んだのを、辰夫は見逃さなかった。
全てが片付いて辰夫と二人きりになった上村は、「これから私は、本当の一人になったから。あなたも私の元から去りなさいな」と言った。辰夫は嫌だと言った。 「でもね。私はもう、あなたの好きな女じゃなくなるわよ」 上村はそういって、くるりと後ろを向いてしまった。
辰夫は戸惑いながら、上村の家を出た。
それからしばらくして、辰夫に一通の引越しを知らせる葉書が届いた。
上村が、夫の建てた家を出て、マンションで暮らし始めたことを知らせるものだった。
辰夫は、妻に何も言わず家を出た。
上村は笑って辰夫を迎え入れた。
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上村は、ずいぶんと変わっていた。髪を染め、弛んだ頬は引き上げられ、いくつもあった染みもレーザーで跡形もなくなり、腕や脚はうっすらと小麦色に焼かれていた。
「私、変わったでしょう?」 と上村は言った。
辰夫は 「いや。何も」 とだけ答えた。
上村の中の情熱が、赤々と燃え上がるのが見えた。これからが私の人生よ、と宣言しているような、途轍もなく美しい女の姿があった。
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上村は、辰夫のことなど忘れて、夜を楽しんだ。上村のことを小娘呼ばわりする男達や、上村の孫と言ってもおかしくない若者に囲まれて、酒と笑いの渦の中で男達の誘惑と戯れた。
それから、酔っ払ってすっかり分からなくなって、その中の誰かが所有するマンションで朝まで過ごした。
私、まだ女だわ。
上村は、自分の年齢を知っていたが、そんなものは忘れていられるだけ忘れていようと決意したのだ。
朝、男が鍵を置いてマンションを出た後、上村はしばらくベッドの中でうとうとした。辰夫が傍にいないことが寂しかった。上村は辰夫を悲しませるようなことをした時だけ、辰夫のことを思い出すのだ。
急いで身支度を整えて、辰夫が待つマンションに帰った。
マンションに入ると、なぜか静かだった。 辰夫の乱れたメモに病院の名前を書かれていた。上村は嫌な気分になり、病院に駆け付けた。
辰夫の遺体のそばには、辰夫の妻と子供がいた。辰夫は、上村の傍からいなくなったのだ。
上村は、泣かなかった。
ただ、自分はいつまで生きていればいいのだろう。と、思った。若返り、男と遊ぶ日々は、全て辰夫に見せるためだったのだ。これからはどうやって生きていけばいいのか、さっぱり分からなくなってしまった。
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