セクサロイドは眠らない

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2007年02月17日(土) 水女と暮らした私は、とうとう我慢ができなくなり、水女を抱いた。水女は、か細い声で、「ああ」とか「おう」とか鳴きながら

旅をするのが仕事だった。旅から旅の合間に、原稿を書いて送る。そんな生活をもう随分長く続けていた。

低くこもった声で、彼が訊ねた。
「今までで一番印象に残った街は?」

そんな質問は、もうすっかり飽きていて、当たり障りのない答えにも慣れていた筈だった。が、その時に限って、誰にも言ったことのない、ある街の思い出について、誰かに伝えたくなってしまったのだった。

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その街は、一年中、雨の降る街だった。

陽が当たらない街に住んでいるせいで、皆、色が白く、女達は美しかった。

まだ街に着いて間が無い時のこと。私は、街角で一人の女に声を掛けた。道を尋ねたかったのだ。雨のせいでシルエットがぼうっとしていた。女は聞こえなかったのか、何も答えない。二度か三度繰り返した後で、あきらめて、私は近くの酒場に行き、そして「水女」のことを知った。

水女、というのは、この街独特の生き物で、街のあちこちににょっきりと生えてくる。気がつけば、見当たらなくこともあるため、移動はできるようだ。生まれてニ、三年目の水女は、まだ顔立ちがはっきりしていないが、ごく稀に十年ぐらい生きている水女がいて、そんな水女は、顔立ちまではっきりと人間に似てくるらしい。

街の人は、水女を捕まえたり殺したりすることはしない。ただ、街角に生えたキノコのような存在でしかないのだ。

だが、私は、禁を犯した。水女を捕まえて、飼おうとしたのだ。私が見つけた水女は、もう十年以上生きているだろう、とても美しい生き物だった。長い長い髪が足元まで伸びて、体を覆っていた。が、その長い髪の下にはこの世のものとは美しい体が隠されていた。大きな目をふちどる睫毛は長く、泣いているように水をしたたらせていた。

乾いた部屋に連れて来てみると、少し元気がないようだったので、シャワー室に入れた。

それから、原稿を書き、時折、水女に話しかけた。水女は、何も言わなかった。ただ、その瞳が私をじっと見つめると、なぜか私は、遠い昔に忘れて来たものを思い出させられて、胸が締め付けられるような気持ちになるのだ。

一週間ほど、水女と暮らした私は、とうとう我慢ができなくなり、水女を抱いた。水女は、か細い声で、「ああ」とか「おう」とか鳴きながら、私に抱かれた。薄い皮膚に包まれているのは、水だけなのだろう。

それが愛だったかどうかは分からない。だが、私は、水女の中に人格を見て、彼女を抱きたいと思ったのだ。

水女は、ただ、小さい声で私の動きに合わせて呻くだけだったのだが、私は彼女が喜んでいると分かった。

そして、私が、最後に激しく動いた瞬間、水女は長く甲高い悲鳴を上げたと思うと、パシャッと音を立てて破れて、体から水が流れ出し、そして、いなくなってしまった。

私は、びしょ濡れのベッドの上で、随分と長く、ぼんやりとしていた。

それから、立ち上がって、パソコンの文章を消し、街を去ることにした。

街の出口付近で、まだ生まれて間もない水女が五体かたまっているのを見たのが、水女を見た最後だった。

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「それで?」
「それだけです。この街のことはどこにも書いていない。なぜか、行こうと思っても見つからない。水女のことも、今しゃべったのが初めてです。」
「そうですか。」

その男は、そういった。

男に話し掛けた理由が、やっと分かった。雨の匂いだ。

「水女というのは雨と人間が交わって生まれた生き物かもしれません。」
男は言った。

私は、何も言わなかった。

「たとえば、街を去る前に見た五体の水女も、あなたの子供だったのかも。」

男は、目深にかぶった帽子を脱いだ。はらりと長い髪が落ちた。

それから、目や鼻や口、穴という穴がピリリと避けて、パシャッと音を立て、その男、いや水女は、サラサラと流れてどこかに行ってしまった。

私はそこに落ちたびしょ濡れのトレンチコートを拾い上げた。私が二十年前に、雨の街に忘れて来たものだった。

「言葉を覚えたのだな。」
私は、トレンチコートを、駅のベンチに掛けた。

また、今日のような雨の日に、トレンチコートを着た水女に会いたいと思ったから。


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