セクサロイドは眠らない
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2004年10月25日(月) |
主人の見立てた仕立てのいいスーツを脱ぎ捨て、彼の手を、彼を求めて止まない場所に導く。 |
「コーヒーでいいかい?」 「ええ。」 彼がカップを差し出す。
震える手で受け取る。
「ごめん。また来ちゃった。」 「いいさ。」 「自分から来ないっていったのに。」
彼は何も言わない。
先週、泣きながら彼にグラスを投げつけた。彼の顔をかすめて、グラスは壁に当たって砕けた。手当たり次第、彼に物を投げ、大声でわめき続けた。
「別れる。」 そう言って、飛び出した。
それから、一週間しかもたなかった。
彼は、何も言わず、煙草を一本取り出す。
「やっぱり、無理だったの。あなたがいないと気が変になる。」 「きみが決めることだ。」 「分かってる。いつもそう。私が。私だけが。私一人が。苦しむの。」
彼は、何も言わず、煙草の煙を見つめている。
「抱いてよ。」 私は、服を脱ぐ。
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私は狂っているのかもしれない。
沢山のものを捨てて、彼と一緒にいることだけを望んでいる。
高給取りのサラリーマンの恋人と別れた。友達とも疎遠になった。見合いを勧める両親の顔を見るのが嫌で、故郷に帰らなくなった。
だが、彼には、他に恋人がいる。相手の仕事の都合で、普段は離れて暮らしているという。彼の恋人がまとまった休暇が取れた時だけ、彼はその恋人と過ごす。
「彼女と別れてよ。」 と、詰め寄ったこともあった。
だが、彼は、別れないという。
ありとあらゆる事を言った。相手を傷付けること。私のこと、利用してたの?どうせ、私は都合がいい女よね。あんたなんか、最低の男。
彼は、何も言わない。ただ、私の怒りが過ぎるまで、黙っている。
分かっている。彼を傷付けようとして、結局、私が傷付くのだ。
彼は、私に、好きだと言ったことはない。ただ、私が一方的に彼を想っているだけ。
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「少し、痩せた?」 彼は、訊ねる。
「そう?」 なら、あなたのせいよ。
「仕事が忙しいせいかしら。」 「大変だね。」 「ええ。」 「僕には、無理だな。きみみたいに、責任を負ってバリバリ働くなんてさ。」 「好きでやってることよ。」 「だとしたら、余計にすごいな。」
彼は、定職に就かない。自分がギリギリ食べていくことができればいいと言う。
「不安にならない?」 私は、訊ねる。
「そうでもない。」 彼は、呑気そうに答える。
彼は、何も背負おうとしない。だから、身軽だ。誰かの悪口も言わない。彼がしていることは、誰からも強制されたわけではないからだ。
「私は無理。あなたみたいに生きるのは。」 そう言って、彼の手から煙草を奪って、深く吸う。
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だが、とうとう、私は耐えられなくなって、結婚することにした。彼と正反対の人。堅実で、努力家で、私に愛をささやいてくれる人。
だから、彼とは最後の夜。
彼と私は、思い切り着飾ってディナーを楽しむ。それだって、私が頼んだこと。
「泣かないで。」 ワインのグラスを合わせた瞬間、もう、私の涙が止まらないから。
「幸せになるんだよ。」 彼がくれた、最初で最後の私へのやさしい言葉。
私は、泣きながらうなずく。あなたがいなくて、どうやれば幸福になれるのだろう?
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結婚して、一ヶ月。
私は、夫の出張の合間、彼のアパートへ向かう。結局捨てられなかった、彼の部屋の鍵。
「どうしたの?」 相変わらず、彼は微笑んで私を出迎えてくれた。
彼にしがみついて泣きじゃくる私の頭を、彼はそっと撫でてくれた。
「どうしたの?可愛い奥さん。」 「あなたがいないと、やっぱり駄目なの。」 「ご主人と上手くいってないの?」 「いいえ。彼はやさしいわ。」 「なら、ここに来たらいけないね。」 「でも、駄目なの。頑張ったわ。私。だけど、やっぱりあなたが欲しいの。」
私は、主人の見立てた仕立てのいいスーツを脱ぎ捨て、彼の手を、彼を求めて止まない場所に導く。
「困った子だね。」 彼は、私の髪に口付ける。
私は、なつかしい彼の匂いの中で、一ヶ月間押し込めていた感情を解き放つ。
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「きみか。妻の恋人という男は。」 よく磨かれた靴を履いた男が、履き捨てるように言う。
「今日は、私がなぜここに来たか、分かるか。」 「いいえ。」 「お前を殺しに。とでも言いたいぐらいだ。お前のせいで、私達の結婚生活はめちゃくちゃだからな。」 「殺されても仕方がないですね。僕みたいな男。」 「ああ。だが・・・。私はお前を殺せない。なぜなら、妻が後を追うのが分かっているからだ。」 「じゃあ、どうすればいいのでしょう?」 「金をやる。知らない町にでも行ってくれ。そして、二度と妻の前に現われないでくれ。」 「分かりました。」 「すぐにだ。今夜中にでも。」
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私は、半狂乱になる。
彼がいない。
アパートは、空だった。
ただ、灰皿に、吸殻が。私の夫が好む銘柄の。
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「彼をどこに行かせたの?」 「さあな。私には分からん。あいつが決めたことだ。」 「どうしてなの?あなたが何も言わなければ、彼は行ってしまわなかったのに。」 「一体どこに、妻の不貞を許す夫がいるというのだ。」 「それでも、責めならば私が受けます。あの人にあなたが関わる必要はなかったのだわ。」
私は、夫に激しい憎悪の目を向ける。
泣き続ける私に、夫は静かに言う。 「憎いのは、私か。それとも、お前を捨てて逃げた男か。」
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私は、その夜、家を出た。
あの人を探すため。
町から、町。あの人は、不精だから、そう遠くにはいかない筈。
案の定、彼はそう遠くない場所にいた。以前住んでいた場所と同じように古びたアパート。
「見つけたわ。」 私は、彼に告げる。
「それで?」 彼は、訊ねる。
「僕、どうしたらいいんだろう?」 と。
「あなたを殺すわ。」 私は、言う。
彼は、黙ってうなずく。
そう。何もかもあなたのせい。私を苦しめ、夫を苦しめ、あなただけが無傷だ。
「僕が悪いんだね?」 「ええ。そうよ。」
私は、今、刃先を彼に向け、渾身の力を込めて彼にぶつかっていく。
彼は、いつものように。いつも、私が服を脱ぎ始める時と同じように。やさしく微笑んだまま両手を広げ、それを受け止めた。彼は、黙ってドサリと倒れる。
あなたがいなくなれば、私も生きている理由がない。
あまりにも失い続けた人生に別れを告げるため、今度は、刃先を自分に向ける。
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