セクサロイドは眠らない
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2004年09月22日(水) |
何が不安なんでしょう。三年も付き合って、今さら初夜が怖いなんてのもありませんし。もともと、彼女は自由にやる女です。 |
その旅は、最初からどこか雲行きがあやしかった。
それでも僕らは、一生懸命に旅を楽しいものにしようと努力していたと思う。少なくとも僕は。
旅行まで何度か喧嘩したし、旅行そのもののとりやめも何度か考えたぐらいだが、当日は何とか我々は平静な気持ちで飛行機に乗り込んだ。
北海道に3泊4日。
それが僕らの新婚旅行だった。
僕の仕事が忙しいせいで4日休むのが精一杯だった。国内旅行になってしまったことも妻の機嫌を損ねた原因かもしれない。もちろん、妻はそんなことを怒っていたわけではないと思う。
「不安なのよ。女ってそういうものよ。だから許してあげてちょうだい。」 妻の母に言われ、僕もうなずくしかなかった。
付き合って3年というのは、妻という人間を見極めるのにそんなに短い期間ではなかったと思う。その間、そこそこ上手くいっていたし、妻はこんなに怒ったりする人間ではなかったはずだ。
本当のことを言うと、僕は単純に興奮していた。妻とやっと一緒に暮らせるようになるのが嬉しかったし、仕事を休んで旅行できるのも嬉しかった。妻も同じ気持ちでいてくれたら嬉しいと思っていたが、どうやら妻の心境は複雑な様子だった。家を出る時から、ほんの少し顔を曇らせていた。
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飛行機の三人掛けのシートの真ん中が僕、左は妻だった。右には、高価そうなスーツを着た男性が座っていた。
僕らは、飛行機に乗り込んでからはずっと押し黙ったままだった。
急に隣の男性が話し掛けて来た。 「失礼ですが、新婚旅行ですか?」 「え?ええ・・・。」 「そうですか。それは素晴らしい。」 「まあ、僕の仕事のせいで、行き先も国内になっちゃったんですけどね。妻には申し訳ないと思っています。」 「行き先はどうでもいいんですよ。ご夫婦が一緒にいて絆を深めることが大切なんです。」
男性は、にこやかに、手馴れた雰囲気で僕らを賞賛した。
「失礼ですが、北海道へはお仕事ですか?」 僕は訊ねた。
「ええ。そうです。」 彼はそう言って、名刺を出してきた。
「レストランを幾つか持ってるんですが、北海道にも店を出してましてね。」 「なるほど。」 「そうだ。あなた方をご招待しましょう。」 「え?いいんですか?」 「ええ。」
男性は、名刺の裏に自分の携帯電話の番号を書いた。
「今夜は、私がお相手させてください。その代わり、あなたがたに正直な感想をいただきたいんです。ちょうどあなたがたみたいなご夫婦のために料理を出す店がコンセプトでね。生の声を聞きたい。いや。食べている時の雰囲気も見てみたいのです。」 「僕らでいいのかなあ。」
ちらと妻のほうを見ると、彼女は興味を持ったようで、名刺に手を伸ばして来た。
「どうですか。是非。」 男性は、妻に向かって言った。
「素敵ね。うかがわせていただくわ。」 彼女は微笑んだ。
「それは良かった。」 男性も微笑んだ。
僕は、妻の笑顔さえあれば、どちらでも良かった。
そうして、短い飛行機の旅を終え、僕らは空港で男性と別れた。
男性がいなくなってしまうと、妻はまた少し塞ぎこんでしまった。
ホテルに着いて、少しその辺りを歩こうと言っても、妻は疲れたと言って、ベッドに潜り込んでしまった。 「あなただけ行って来て。少し眠りたいの。」 「分かったよ。」 「お食事までには戻って来てね。」 「ああ。」
僕は、あきらめて一人で散歩に出掛けた。つまらなかった。一時間ほど、無理矢理に時間をつぶして、部屋に戻った。
妻はいなかった。
手紙があった。 「ごめんなさい。少しだけ一人になる時間をちょうだい。落ち着いたら戻ります。」
妻の荷物はそこに置かれたままだった。だから、きっと帰ってくるだろう。だが、旅は台無しだ。妻が戻って来ないのだったら、ホテルを引き払ってさっさと東京に戻ったほうがましなぐらいだ。だが、妻はいつ戻ってくるかも分からない。
僕は、しばらくぼんやりとベッドの縁に腰を下ろしたまま、どうしていいか分からず頭を抱えていた。
それから、ふと思い出して、飛行機で出会った紳士のことを思い出した。
食事どころじゃない気分だったが、すっぽかすのも申し訳ない気がした。こうなったら正直に話をしてみよう。
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「そうだったのですか。」 男性は、僕にワインを勧めながら深くうなずいた。
「恥ずかしい話です。 「いや。あなたのせいじゃないですよ。」 「あなたにも失礼かと思ったのですが、一人で部屋にいるのが耐えられなかったんです。」 「思い出していただいて良かったです。さあ。召し上がってください。」 「いや。もう、あまり飲ませないでください。妻は、僕が飲み過ぎるのは嫌いなんです。」 「だがしかし、奥様は今はいない。」 「そうだけど・・・。」
男性は、僕をいい気分にさせた。僕は、つい饒舌になり、家庭の悩みまで打ち明けてしまった。
「何ででしょうかね。妻は、最近よく怒るようになった。」 「いつ頃からですか?」 「そうだな。結婚が具体的になりだした頃かな。」 「なるほど。」 「妻の母親が言うんです。女はみんな、結婚を前に不安になるものだった。」 「そうかもしれませんね。」 「でも、何が不安なんでしょう。三年も付き合って、今さら初夜が怖いなんてのもありませんし。もともと、彼女は自由にやる女です。僕が縛り付けるなんてこともないし。」 「怒るのですか?」 「ええ。怒るんです。」 「女性が怒る時というのは、私が思うに・・・。」 「ええ。どんな時です?」 「男性に話を聞いて欲しい時ですね。」 「話?話なら聞いてましたよ。」 「そうではなくて。たとえば、男性にとって都合が悪い話になると、返事が適当になってしまったりすることはありませんか?」 「どうかな・・・。」 「そういう時、女性は、話を聞いてもらってないと感じます。」 「そうなんですか。」 「ええ。話を聞いて欲しい時、女性は怒るのです。女性が怒って、初めて男性は驚きます。何を怒ってるんだ?って訊きますよね。」 「なるほど。」
そんな話を2時間か、3時間か。
「そろそろ帰ります。妻が戻ってるかもしれないし。」 「そうですか。いや。今日は楽しかったですよ。」 「そんな。僕ばかりしゃべってしまって。」 「いえ。それはそれで、お勉強になりました。」 「失礼ですが、女性のことをよくご存知みたいですね。あなたの結婚生活は順調なんですか?」 「私ですか?私は、結婚はしたことがないのですよ。」 「なるほど。」 「ですが、女性は大好きでしてね。」 「だから詳しいんですか。」 「ええ。まあ、そういうことにしておきましょう。」
男性はタクシーを手配してくれていた。
僕の気分は、ホテルを出る時より随分とましになっていた。
妻がいないところで、見ず知らずの人に愚痴をこぼすというのは、なかなかいい気分だった。
ホテルに戻ったが、やはり妻はいなかった。
だから、僕は妻の嫌うことを。ネクタイだけはずして、そのままベッドに倒れこんだ。
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妻は、戻って来た。
4日目の朝に。
妻は、言葉を探しているように黙っていたが、その顔はどこかすっきりしていた。化粧もしていなかったが、頬が紅潮していた。
「おかえり。」 僕は言った。
「ごめんなさい。」 妻は、言った。
僕は妻を抱き締めた。
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あの日、妻がどこに行っていたのか。僕は無理に聞きださなかった。ただ、僕は、あのレストラン経営の男性のアドバイスに従って、妻が怒る時は真剣に話を聞くようにした。そのお陰か、僕らの結婚生活は順調に滑り出した。
そして、5年。
5年だけ上手くいった。
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今、妻は、僕を置いて家を出ていこうとしている。
「最後に訊いておきたいんだけど。」 僕は、酔っていた。酔わずにはいられなかった。
「なにを?」 「新婚旅行の時だよ。きみ、いなくなったろ?」 「ええ。そうね。」 「どこで何をしてたんだ?」 「今更、そんなこと訊くの?」 「ああ。たった今、思い出した。」 「私がどこにいたかなんて、言う必要ないわ。」 「いや。知っておきたい。もう、あの時から僕らは駄目だったのかどうか。」 「馬鹿ねえ。そんなもの、誰にも分からないわよ。」 「最後にわがまま言ってるだけさ。きみが言っちゃうから、僕は駄々をこねてる。少しでも引き伸ばそうと思ってる。」 「・・・。」
妻はため息をついて、荷物から手を離し、ソファに腰を下ろした。 「あのね。あの日。私、レストランのオーナーさんと一緒だったの。」 「まさか。」 「あなたに散歩に出てもらった後で、電話したのよ。あの男性に。携帯電話の番号も教えてもらってたでしょう?」 「だが、あの晩は、僕と一緒に食事したんだよ。」 「そうよ。知ってるわ。その後、あのひと、私のために別に用意してくれたお部屋に来たの。」 「寝たのか?」 「・・・。ええ・・・。」 「ははっ。そういうの、ありかよ。」
僕は、手にしたクッションを壁に投げつけた。
「2人で僕を笑ったのか。」 「そんなことしないわ。そういう人じゃないもの。あなたのこととは関係なかったの。私の問題を解決してもらうために行ったんですもの。」 「きみの問題?」 「ええ。そう。私の問題。」 「それが、セックスなのかよ。」 「そうね。分からないけど。あの時、誰か知らない人と寝ることが大事だったの。私、あなたのこと大好きだったわ。だけど、結婚は別。結婚が、とんでもない重たいものに思えて。あなたは怒るかもしれないけど、もう他の男性とも恋愛することなくなるんだって思うと、寂しい気もしたの。だから、少しだけ身軽になりたかった。」 「男と寝ることが、どうして身軽になることか分からないな。」 「私にも分からない。だけど、あれで良かったの。結婚は怖がらなくていいことも、あなたが大好きなことも。私、気付けたのよ。」 「ただ、浮気がしたかっただけなんだろ。金持ちと。」 「違うわ。」 「どう違うのか分からないよ。やってることは汚いことだ。」 「あなたには一生分からないでしょう。」 「そうやって、他人事みたいに言うなよ。」 「だって。もう。他人になるんですもの。怒る気力もわかないわ。」
彼女は、再び立ち上がった。
「あの男のせいだ。僕らが駄目になったのは。」 僕はわめいた。
「そうよね。私、間違ったことをしたのかもしれない。でも、あなたとやっていく勇気をくれたのは、あの時のあのひととの出来事だった。私、この5年が無意味だったとは思わないわ。」
妻は、部屋を出ていった。
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