セクサロイドは眠らない
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2004年01月07日(水) |
彼はそっと私を抱き締めた。「奈津香の体、震えてる。寒い?」そう訊ねる桑名君も震えていた。「今度こそ帰らない。」 |
最初に彼のところに転がり込んだのは、大学受験のことで父と揉めた時だった。父が勧める大学など行きたくなかった。
「私の頭で行けるわけないもん。」 「ちゃんと勉強をしないからだ。成績だって下がって。」 「しょうがないでしょ。頭悪いんだよ。私。」 「そうじゃない。藤田先生も言っていたぞ。お前は頭は悪くないって。なんでだ?どうして最低限、人としてやらないといけない事をやらない。」 「人としてってさあ。大学行くのは最低限の事じゃないよ。」 「そうじゃない。親の言う事を聞くってことだ。全く。塾にも幾ら払ったと思ってるんだ。さぼってばかりで。」
それからはもう、父が私の頬に平手を食らわせるまで、私は抗議を続けたっけ。だが、父は私を許さなかった。
父が嫌い。こんなだから母も出て行ったんだ。母が出て行くまでは私も何とか頑張ろうと思ったけど、今はもう無理。このまま、父の言う通りに大学に行くなんて絶対に嫌。
だから、家を出た。
駅の公衆電話から桑名君に電話したら、すぐ来てくれるって言って。
桑名君の顔見たらホッとして泣きそうになった。
「どうしたの?」 優しい声で訊いてくれた。
「父と喧嘩したの。あんなやつ大嫌い。」
私は、桑名君の腕に私の腕をからめた。桑名君はちょっと恥ずかしそうにしたけど、何も言わなかった。それから、桑名君の狭いアパートの部屋に着くまで、私達は黙って歩いた。
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桑名君は、同級生の美津子のお兄さんだ。去年の夏に初めて会った。最初は黙ってニコニコしてるだけで頼りないやつだなって思ってたけど。そのうち、何でも相談するようになった。桑名君のいいところは、偏見っていうのがないところ。その頃も私、相当に嫌な子だったんだけど、桑名君はいつもそんな私にも優しく話しをしてくれた。
「どうするの?」 桑名君に渡されたココアを飲んでいる私に、桑名君はそっと訊いた。
「帰りたくない。」 「でも・・・。」 「どうしても帰りたくないの。」 「じゃあ、僕からお父さんに電話するよ。」 「駄目。それだけは駄目。絶対、桑名君に迷惑掛かるんだから。お父さん、すごいひどい奴なの。桑名君なんかひとたまりもないわ。」 「そうかあ。」
それから、私は桑名君のトレーナーを借りて、一緒の布団で一晩眠った。
私は、桑名君の息が時折乱れるから、桑名君も眠れないんだなって思って。私も、ドキドキして。それでも、朝までそのままずっと寝たふりをしたけど、最高に幸せだった。
朝、寝不足の顔で桑名君はこう言った。
「奈津香が高校出たら、迎えに行くからさ。今日は帰りなさい。」 「迎えに来るって?」 「結婚しよう。」 「結婚?」 「うん。だから。今日のところは帰った方がいい。」 「無理よ。」 「何が?」 「お父さんが許してくれっこない。」 「結婚に一番必要なのは、僕らの意思だよ。」 「・・・。」 「それに、お父さん、お父さんって。きみは、何かをしようとするたびにお父さんを言い訳にしてるよね。そこから自由になりたくないのかい?」 「なりたい。なりたいよう。でも、桑名君がそばにいてくれないと無理なの。」 「僕はいるから。ずっと待ってる。何かあったら電話しておいで。」 「うん・・・。」
それから。私は、帰ろうって思った。今のままじゃ、桑名君にも迷惑が掛かる。高校だけはちゃんと出ようって。
帰ったら、また父に殴られた。
だけど、その時はそれっきり父は何も言わなかったから。残りの時間何とか乗り切れば、家を出られるって。そう思うようにして頑張ることにした。
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父は、大学教授だった。だから、私が大学に行かないのが我慢できなかったのだ。私は、取りあえずの揉め事を避けるため、大人しく受験することにした。勉強の合間には、桑名君に手紙を書いた。返事は出さないでって頼んだけど、桑名君はちゃんと読んでくれてる筈だ。
大学に受かった日。
私は桑名君に電話した。
「おめでとう。」 桑名君はいつもの遠慮がちな声で祝福してくれた。
それから、 「ご褒美にデートしようか。」 と。
私に春が来た。
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大学に入ってからも父とは喧嘩ばかりしていた。そして、二度目の家出をした時、私は、桑名君のお嫁さんになるつもりだった。
桑名君は、前と同じように出迎えてくれた。
「迎えに来てくれるって言ったでしょう?こっちから押しかけてきちゃった。」 「ん。」 「怒ってる?」 「怒ってないよ。嬉しいよ。」
それから、彼はそっと私を抱き締めた。
「奈津香の体、震えてる。寒い?」 そう訊ねる桑名君も震えていた。
「今度こそ帰らない。」 「うん。」
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父に見つかるのは時間の問題だった。
ある日、桑名君は父に呼ばれて出掛けて行った。その日の午後は、絶望的に長い長い午後だった。
桑名君は、アパートに戻って来ると、私に言った。 「いいお父さんじゃないか。」 「え?」 「きみの事を心配してる。」 「どういうこと?」 「時々は帰ってあげてくれるかな。」 「私達はどうなるの?」 「どもならないよ。僕らのことは許してくれたんだ。だけど、お父さんが一人になってしまうのはあまりにもひどいからね。奈津香は時々帰ってあげなさい。」
桑名君がそんな言い方をしたのが、私はちょっとショックだった。柔らかい言い方だけど、どことなく、命令するような調子。
「分かった。」 私は、しぶしぶうなずいた。
あの父が。だけど、少しは変わったのかもしれない。母がいなくなって、今度は私までいなくなったあの屋敷で、一人で。
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何の時だったか。桑名君が言った言葉が引っかかった事がある。 「奈津香は、結構遊んでたって。お父さんが。」 「え?どういうこと?」 「いや。それだけ。」 「私、遊んでないよ。」 「うん。いや。分かってるよ。」
その会話はそれだけで終わったのだけど。桑名君が父という人間に何かを吹き込まれたのは事実だった。
そんな些細な事件さえ除けば、私達は幸せだった。いや。桑名君はどうだったのか。私は幸福だった。だけど、それだけで終わるとも思っていなかった。
父からまた電話があって、一度帰って来なさいと言われた時、私は、嫌な予感が当たったと思った。
「帰っておいで。少しぐらいはいいだろう?きみはまだ未成年なんだからね。」
慣れない仕事で残業が続いて疲れているせいか、桑名君は、少し厳しい口調で私に言った。いつの間にか、桑名君と私の間も少しだけ距離が広がってしまった。
「嫌よ。あんな父のところ。」 「だけど。なあ。奈津香。いつまでも子供みたいに振舞うのはよしてくれよ。僕だって好きでもない仕事をしてきみを養ってる。」 「それとこれとは・・・。ねえ。あの人のところは嫌。」 「わがまま言うなよ。」 だんだんと、桑名君の口調が苛立ってくるのが分かったから。
「分かったわ。」 私は、そう言うしかなかった。
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父は、変わっていなかった。
びっくりするぐらいに。
前よりひどくなっているかもしれない。
権力と孤独の間で、生きた化け物になっていた。
「もう、桑名のところには戻るな。」 そう言った時、私は、黙って立ち上がって、家を出て行こうと。
「待て。待ちなさい。奈津香。」 父の声が、いや、化け物の声が追って来る。
嫌。嫌。いやーっ。
父の手が私の首に回り、強く締め上げる。
もがいても、もがいても、その手は離れない。助けて。桑名君。目の前が真っ暗になる。
「奈津香。おい。奈津香。どうしたんだ?」 父の声が遠くに聞こえる。
「殺すつもりはなかった。ちょっとだけ気を失わせて、お前をここにとどめようと。そう思ったんだ。」
もう遅い。
何もかも。
私は、ちゃんと言った。嫌だって言った。だけど・・・。
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私は死んで尚、この屋敷から出られない。自由になることは、私には無理だった。
今日も桑名君から父に電話があった。
「娘は会いたくないと言ってるんだ。いい加減にしないか。」 そう言って、電話を切ってしまった。
それから、金庫を開けて札束を数えている。桑名君は、そんなお金は受け取らないよ。
私は、でも、亡霊だから声は出せない。
桑名君が、無理にでも私に会いに来てくれたなら。私がここで死んでしまった事を知ってくれたなら。私は自由になれるかもしれない。
だが、桑名君は、来ない。
少しばかり優し過ぎた恋人。若過ぎて無力だった恋人達。
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