セクサロイドは眠らない

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2002年08月28日(水) 確かに、自分は地味で、決してもてるほうではない。だから、高望みする気は毛頭ない。だが、なんでこんな男なの?2回目

※昨日のを読まれていない方は昨日の分からお読みください。

「あ。ごめん。寝てた?」
「うん。まあ・・・。」
「今日、いい天気だろ。だから。」
「ね。私、こんな格好だから着替えたいの。」
「ああ。わかった。」

近所の手前、これ以上、ヤマシタに大声を出させるわけにもいかなかったが、ましてや自分の部屋に上げるのも嫌だったので、取り敢えずヤマシタにはアパートの向かいの喫茶店で待っておくように頼んだ。急いで服を着替え、薄く化粧をする。

「お待たせ。」
「ああ。悪かったね。電話してから来ようと思ったんだけど。」
「いいのよ。」

ミチコは、目の前の悪夢に対して、その瞬間冷静だった。

「ねえ。ドライブしない?」
「いいけど、俺、車持ってないよ。」
「私の車を出すわ。」
「へえ。そりゃすごいな。」

ヤマシタは嬉しそうにニヤニヤした。

ヤマシタが助手席で話し続けるのをほとんど無視して、ミチコは無言で車を運転した。もともと車の運転は好きだった。

「車の運転、うまいね。」
「ええ。私ね。私より運転がうまい男としか付き合う気がしないの。」
「はは。ミッちゃんは案外と辛口なんだな。」

車はミチコの実家の近くの山道に入った。ミチコの少々荒い運転のせいでヤマシタは車に酔ったのだろう。だんだんと口数が少なくなった。

ミチコは、適当なところで車を停めて、ヤマシタに言った。
「ねえ。あそこにある花を取って来てよ。」
「花?」
「早く。お願い。」

ヤマシタはふらふらと、ミチコが指差すほうに歩いて行った。ミチコは、その背後めがけて、思い切り車を発進させた。

ミチコは、車から降りると、まだ息があるが意識を失っている彼を、渾身の力で動かすと、何とか道端まで転がして行き、急斜面から突き落とした。

ミチコの息は荒かったが、悪夢を葬り去ったことに安堵し、再び車に乗り込んだ。

部屋に戻ってシャワーを浴びながら、ミチコは腕の傷に気付く。どこでついたのだろう?思ったより出血がひどいので、消毒して包帯を巻くと、ミチコはベッドに入って眠りに落ちた。その日、夢を見た。ヤマシタの夢を。内容は覚えてないが、あの分厚い唇がニヤニヤと笑い、ひっきりなしにしゃべる夢を見た。

--

「ねえ。あれからどうなった?」
サチエから電話があった。

「あれからって?」
「ほら、あのヤマシタとかいう男。」
「ああ。もう、電話、ないわよ。」
「そう。なら良かった。タケシがね。言うの忘れてたみたいでね。この前ようやく電話したんだけど、何度電話しても全然出ないっていうから。」
「そう・・・。」
「良かったねえ。あんなのに付きまとわれたら迷惑よねえ。タケシはさあ、あれで意外といいやつなんだよ、なんて言うんだけど。ほら。彼、男友達を大事にするから。」
「ねえ。頭痛いの。悪いけど、切るね。」

最近、体の具合もあまり良くないのだ。精神的なものもあるのかもしれない。腕の傷も、表面はふさがったが、中で膿が溜まっているのだろうか、紫色に腫れて、痛みが引かない。

その日は、会社に電話をして2〜3日休む、と告げたのだった。

ミチコは、その左腕があまりに痛むので、小型のナイフでその傷口をそっとつついた。皮膚は避け、ドロリとした半透明の膿が溢れ出して来た。ミチコは、タオルで抑えると、顔をしかめて痛みに耐えた。それから、また、眠ってしまった。最近疲れ易く、寝ても寝ても、ぐったりしている。

目が覚めた時には、夜中だった。腕の裂けた傷口をそのままに、ミチコは、ビールを飲んで、また眠った。

「怪我をしている時にアルコールは良くないよ。」
誰かが、耳元でそんな事を言った。

--

「おい。起きろよ。もう、昼だぜ。」
ヤマシタの声がしている。

「何?どういう事?」
ミチコは、ぼんやりした頭で、辺りを見渡す。

「ここだよ。あんたの腕。」

にょっきりと生えた、ヤマシタの頭。

ひっ。

相変わらずの、ぽっちゃりした顔と、分厚い唇。ミチコの傷からは、何かの植物の茎が伸び、その先にはヤマシタの頭があった。ミチコは、思わず吐き気をもよおす。

「あーあ。飲み過ぎだろ。」
そんなことを言われて、
「違うわよ。あんたのせいよ。」
と、思わず言い返す。

混乱した頭で、ミチコは考える。
「どういうこと?」
「俺だって、知らないよ。あんた、花が欲しいって言ってただろ。だから、俺が花になっちゃたんじゃない?」
ヤマシタは、何がおかしいのか、ヒーヒー笑う。

「取り敢えず、さ。電話。掛けたいんだよ。これでも、俺だっていつまでも無断欠勤はできないからさ。放っておくと騒ぎになるぜ。警察が動いても、あんた困るだろ?なんせ、あの日、近所の人は俺があんたのところに来てたこと、知ってるからなあ。」

ミチコは、こっくりとうなずいて、ヤマシタが言う電話番号を押す。

「あ。もしもし、ヤマシタです。お疲れさまです。実は・・・。」

自分の腕に受話器を差し出して、ヤマシタが、親戚で不幸がどうの、という言い訳をするのを訊きながら、ミチコは尚も必死で、この状況を理解しようとするが、頭痛がますます激しい。

ミチコは、冷蔵庫からビールを出す。

「あんまり飲むなよ。こっちまで酔っちゃうよ。なんせ、あんたから養分もらって生きてるんだから。」
「これが飲まずにいられる?」
「ま、気持ちは分かるけどさ。」

酔って頭をボンヤリさせると、ミチコは今度は、とりとめもなくヤマシタにしゃべり始めた。

「あんたのこと、大嫌いだった。」
「分かってたよ。」
「声を聞くのも。」
「ああ。タケシみたいにかっこよくないからな。」
「なんで、あたしなんだろう?って。他に可愛い子はいっぱいいるのに。」
「なんでだろうなあ。俺もさ。あんたが嫌がってるの分かってたから。」
「じゃ、放っておいてくれたら良かったのに。」
「そうはできなかったんだよ。なんていうのかな。あんた、いっつも一人って感じでさ。ガード固くてさ。なんか、そこが痛々しいんだけど、たまんないっていうか。」
「同情してたの?」
「そんなじゃないよ。惚れてたんだよ。本気で。」
「なんであんたなのよ。おしゃべりであつかましくて、コーヒーの一杯も奢れなくて、車の運転もできない。」
「はは・・・。俺なりには頑張ったんだけどね。」

ミチコはもう、飲み過ぎて朦朧としていた。

「なあ。俺のこと、もう一回殺せよ。」
ヤマシタの声がした。

「どういうこと?」
回らない頭で、問い返した。

明日に続きます・・・。


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