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セクサロイドは眠らない
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| 2002年05月26日(日) |
「あんた、頑張れ、頑張れって言われて。ね。すごく頑張ってたのに、いくら頑張っても、母さん満足しなかったよね。」 |
始発電車で、故郷に向かう。
もう、何年ぶり。
母の葬儀も、随分迷ったが、結局行くことに。
最後に母を看取ってくれた姉にも、ちゃんと礼を言わなくては。
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僕は、手際の良い業者の葬儀進行に見惚れながら、ただ、周囲のざわめきの外にいて、何かに違和感を感じ続けていた。
女達は、みな、一様に目にハンカチを当てて。男達が、入れ替わり、姉に向かって「よう頑張ってくれた。何かあったら、いつでも言って来なさい。」と、声を掛けていた。
火葬場から帰り、親戚達を送り出して、ようやく姉と二人きりになった。
「来てくれたんだね。」 と、少しやつれた顔で、それでも嬉しそうに姉は微笑んだ。
「うん。」 「来ないかと思ってたよ。」 「まさか。」 「だって、さ。ここ何年も、全然こっちに顔出してくれることなかったし。」 「仕事、忙しかったから。」 「そう。」 「姉さんには悪かったと思ってる。何もかも押し付けて。」 「いいのよ。」
姉は、緑茶を煎れて、僕に出す。
「あ。俺、お茶嫌いなんだ。コーヒーがいい。」 「そうなの?緑茶、体にいいのよ。」
つい、昔の癖で、姉にはわがままばかり言ってしまう。
「でもさ。ショウちゃんが母さんのこと嫌いなの、本当は分かってたから。」 「・・・。」 「母さんね。ショウちゃんにはきつかったもんね。私はさあ、女の子だったからそんなに言われなったけど。ショウちゃんに、全部行ってたもんね。頑張れって、さあ。見てても、やっぱり、こっちが辛くなっちゃってたし。だから、ショウちゃんが家出てった時は、もう二度と帰って来ないんじゃないかって・・・。」 「違うよ。そうじゃないよ。」
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姉が小学校五年、僕が三年の時、父さんが出て行った。
思えば、それで母は変わってしまった。
笑顔を失い、僕を厳しく叱るようになった。
「なんだい。この点は?あ?こんなんじゃ、恥ずかしくて外も歩けないよ。こんな子、うちの子じゃないね。何でもっと頑張れないかねえ。」 母は、80点の答案用紙を前に、大袈裟に溜め息をついて見せる。
さっきまで、母に誉めてもらえると嬉しくて弾んでいた心は、あっという間にしぼんでしまう。
「もっと頑張んな。そうでなきゃ、出てってもらうよ。」
頑張れ。頑張れ。頑張れ。
遊ぶ暇もなく、僕は、母の歓心を買うために、勉強した。
貧しいはずの家計なのに、なぜか、僕を塾に通わせる月謝だけは、ちゃんと用意されていた。
頑張れ。頑張れ。頑張れ。
あの当時、僕達の様子が心配で訪ねて来た叔母が、ふともらした言葉を今でも覚えている。
「まったく。あんたの母さんのあんたへの仕打ちを見たら、世の中の全ての男を憎んでるように見えるねえ。」
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「ねえ。今日、泊まってくんでしょう?」 姉は、煎れなおしたコーヒーを運んで来て、僕の前に置いた。
「いや。最終で帰るよ。」 「そう・・・。」 「仕事で・・・。」 「分かってるって。ショウちゃん、よく頑張ったよ。ほんと。それに、今日だって、来てくれたし。」 「そんな。」 「煙草、吸うんだ。」 「ああ。」 「そういうとこ、そっくり。お母さんと。煙草吸う時の、仕草とか。緑茶、嫌いなとことか。緑茶って、癌なんかを防ぐんだよ、っていくら言っても、飲まなかったし。煙草も止めなかったし。」 「で、結局、癌で死んじゃうんだからなあ。」 「言っても聞かない人だったのよね。」 「俺、母さんと似てる?」 「うん。」 「母さんの子だもんなあ。」 「今日、久しぶりにあんた見て、ほんと、親子だなって。」 「そっか。」 「あんた、頑張れ、頑張れって言われて。ね。すごく頑張ってたのに、いくら頑張っても、母さん満足しなかったよね。」 「あれ、さ。母さんの、頑張れ、さ。あれ、本当は、俺に言ってたんじゃないんだよ。母さん、いつも、自分に言ってたんだ。頑張れって、ね。だからさあ、あれ言わなくなったら、母さんじゃないって思って。それでね。俺、母さんボケてからは、なんか、ここ来れなくて。」 「そうなんだ?」 「うん。母さん、俺に言ってたんじゃなくてね。自分に言ってたんだよ。頑張れってね。」 「・・・。」 「俺も、最近になって気が付いた。」 「母さんさあ。ずっと痛いの我慢してたんだよね。いくら言っても病院にも行かなくて。だから、どうにもならなくなって病院に連れて行った時には、手遅れになってて。ほんと、つまんないところで頑張り屋なんだもん。あの人。」
母さん、そんなに頑張って、何を手に入れようとしていたのですか?
そんなこと、最後に聞いてみたところで、母さんは、憮然とした顔でこう言ったことだろう。 「そんな風に人のこと心配してる暇があったら、自分のこと、頑張りな。」 って。
僕は、煙草の箱を取り出すと、ゴミ箱に放り込む。
「煙草、捨てちゃうの?」 「うん。ちょうどいい機会だからさ。やめるよ。」 「そっか。」 「母さんみたいに癌になっちゃっても困るし。」 「・・・。」 「お茶、煎れてくれる?」 「え?ええ。」
姉は、急に笑い出す。僕もつられて、笑い出す。
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