セクサロイドは眠らない

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2002年02月10日(日) 私は、青年の部屋に行き、一緒にビデオを見て、柔らかなセックスをし、部屋を出る間際まで笑い合っていた。簡単だったね。

湿度の高い恋だった。

私はいつもメソメソしていて、彼は、その憂鬱に眉をしかめ、私を遠ざけようとする。

「だから、なんでそんなにいつも泣くんだよ?俺、なんか悪いことした?」
男が少し苛立って、声を荒げる。

私は、黙って首を振る。
「わかんない。」

出会った頃はもうっちょっと、私もあなたも、そして恋も陽気だった。

「ああ。もう、分かった分かった。」
男は、不貞腐れたように、私の服を脱がせにかかる。

「違うよ。そういうんじゃなくて。」
「じゃ、どういうんだよ。」

男は、もう、忙しい手つきで雑に私の服を脱がせてしまうと、私の顔を素通りして、乳房に唇を付ける。

ねえ。そういうのじゃないよ。

私は、言いたい言葉が伝わらないのが悲しいくせに、男に抱かれるのが嬉しくて、言おうとした言葉は封じられたまま。

夜中、あちこちに散らばった服を拾い集め、急いで着る。

「帰るね。」
と、男の軽いイビキに向かって声を掛けると、私は、自分の軽自動車のひんやりとしたシートに腰をおろし、しばらく震えの止まらない体を抱き締める。明日が日曜日なのに、泊まって行くことはできない。男が決めたルールだった。

「いつも一緒にいたら、俺ら、自分自分のやることが見えなくなるだろう?」

--

朝、アパートの小さな部屋がエアコンで暖まるのを待って、ベッドでウトウトする。空のグラスがベッドの傍に転がっている。

頬に何か湿ったものが当たるのを感じて、そっと目を開ける。
「なあに?」
「僕だよ。」
「僕?」

目を開けると、そこにはバクがいた。本物のバクなんて初めて見たけれど、私はすぐに、「ああ、バクなんだな。」って分かった。だけど、バクって、白と黒のニ色がポピュラーなんじゃなかったっけ?そのバクは、白に、ピンクの水玉が付いていた。

それから、私は、少し顔をしかめる。
「何なの、この匂い。」
「僕の匂い。嫌い?」
「なんか、強烈ね。」

そう。強烈な、ヴァニラの匂い。むせるほどに甘ったるい香りが部屋に充満している。

「なんだか窒息しそうね。で、何しに来たの?」
「僕、ね。恋を食べるバクなんだよ。」
「恋?」
「きみ、昨日、僕を呼んだでしょう?こんなしんどい恋、誰かに食べてもらいたいわって。」
「覚えてない・・・。」
「ひどいなあ。僕、せっせとやって来たんだよ。」
「ごめんね。」

それから、その悲しげなバクの顔を見つめる。

「ねえ。たくさんの恋を食べたの?」
「うん。あっちこっちで、僕を呼ぶんだよ。」
「そう。みんな辛いのかな。」
「そうみたいだね。僕自身は恋をしたことがないから分からないけれどもさ。だから僕、いい事してると思ってるんだ。」
「それなのに、ちょっと悲しそうね。」
「うん。どうしてだろう?」
「どうしてかな。恋ってそんなものなのよ。わけもなく悲しいものなの。」
「僕、食べてあげるよ。きみのそんな悲しい顔、見たくないもの。」
「そうね。お願いしようかしら。」

私は、本当に悲しくて、自分の恋心にうんざりしていたのだと思う。丸々二年、そんなものに足を取られて来たから。

「次に目が覚めた時には、きみの恋はなくなってると思う。」

バクの声がする。

私は、夢のない眠りに落ちる。

--

目が覚めると、もう、休日は終わりかけていて、私はバクのことなど忘れていた。

私は、いつものように彼に電話しようとして、ふと、面倒になって受話器を置いた。携帯のメールさえチェックしなかった。

夜のビデオショップは、驚くほど人がたくさんいて、私は、あるDVDに目を留めた。その時、見知らぬ背の高い青年が、私の背後からそれをヒョイと手に取ってしまった。

「ちょっと、待ってよ。」
「あ、ごめん。」
青年が微笑んだ。

私達は、笑い合った。

それは、簡単だった。

私は、青年の部屋に行き、一緒にDVDを見て、柔らかなセックスをし、部屋を出る間際まで笑い合っていた。

簡単だったね。

--

私は、あまり電話を確認しなくなった。恋人の好まない服を着るようになった。爪に色を塗るのが面倒になった。残業することで誰かとの約束を破るのが苦痛でなくなった。

私は、陽気になった。

--

バクがやって来た。
「ねえ。楽しそうだね。」
「あなた、誰だっけ?」
「僕のこと忘れちゃったんだ?」
「ええ。ごめんなさい。確かに見覚えはあるんだけど。」
「僕は、恋を食べるバクだよ。」
「ああ。そうだったかしら?」
「最近、また、一人恋を食べて欲しい男に出会ったよ。」
「ふうん。」
「きみをよく知ってる人の恋だと思うんだけど?」
「私には関係ないよ。」
「そう?なら、僕食べちゃうよ。」

簡単なんだ。

パクッと一口で。

「その人、日曜日はいつも歌を作ってたよ。」
「どんな?」
「会えない恋人のために、歌う歌。」
「そう。」

私は、なぜだか、泣いていた。

ねえ。バク。あなた、何か私から取り上げたでしょう。それ、返してくれる?

「駄目だよ。もう、食べちゃった。」

いいから。

私は、手を伸ばす。

バクの体を掴もうとすると、それはホイップクリームの柔らかさ。

ストロベリーケーキは、甘い香りを放っていた。

私は、手についたクリームを舐める。

苺は、少し目の奥が痛くなりそうに酸っぱかった。

--

「久しぶり。」
私は、その部屋を訪れて、なつかしい空気を吸い込む。

「ああ。どこ行ってたんだよ。馬鹿。」
「ひどい出迎え方ね。」
「黙って行くなんて、なあ。」

恋人の顔は、どことなく変わって見えた。

「ねえ。なんか違うよ。」
「少し痩せたかな。」
「ふうん。ちょうどいいダイエットになったんだね。」
「ああ。そうだな。」
「歌、聞かせてよ。」
「なんで知ってる?」
「教えてもらったのよ。」
「そうか。」

誰から聞いた、とは問わないで、男はギターを取り上げる。

誰もがそんな風に愛せるわけではないし、誰もがそんな風に愛されるわけでもない。

照れたように、そんな恋の歌を歌い始める。


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