セクサロイドは眠らない
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2002年02月08日(金) |
どこからか、筋書きが狂って来たのを感じながら。こんなに簡単に、男の情熱が見つかるとは思わなかった。 |
最初は、ほんの気まぐれのように思っていた。
私は、人生における「情熱」というものの消滅の過程を知りたかったのだ。
そんなことを思ったのも、父のせいかもしれない。
母は、人生に不満を抱き、おとなしい父に不満ばかり言っていた。父は、そんな母の言うことを黙って聞き、いいなりになっていた。母は、自分のいいなりになる父にますます腹を立て、ある時期は、カラオケだの旅行だのに明け暮れ、挙句、恋人を作って家を出て行ってしまった。
父は、ぼんやりとキッチンに座り、母の残した手紙を手にしていたが、その後は何事もなかったように、毎日仕事に行き、時間通りに帰って来ていた。私も、そんな父の手前、何事もなかったように大学に通い、帰宅したら夕飯を作る。そんな日々が続いた。
母に以前聞いたことがある。
父と母が出会った頃のことを。
「あの時、あんたのお父さんは、そりゃもうすごかったの。電話くれだの、ご飯食べに行こうだのって、一日と空けず私を誘ってくれたものよ。」 母は誇らしそうな顔でそう私に言うと、それから今の父に目をやり、ふと寂しそうな顔をするのだった。
母の言いたいことはよく分かる。
私だって、情熱的な恋の行く末に、あんな男が待っていたらうんざりするだろう。
母は、実際にうんざりして、そうして行ってしまった。
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私は、母がいなくなった後、父に何度か聞こうとしたことがある。 「一体、あなたの情熱はどこに行ってしまったの?」
だが、どうしても聞くことができなかった。思春期を境に、私は常に母の側についていたために、父と対話する習慣を失ってしまっていたのだ。
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その気まぐれが起こったのは、大学の長期休暇を利用してアルバイトに行った先で出会った男のせいだった。
私は、一瞬、ドキリとした。
後ろ姿が父にそっくりだったのだ。
主任と呼ばれ、さえないポジションにいるその男は、唯一人のアルバイトである私の面倒を見ることになっていた。
まだ、父よりはるかに若いのだが、その少し薄くなった頭髪も、ボソボソとした聞き取りにくいしゃべり方も、父にそっくりだった。どこからともなく聞こえて来た離婚の噂も、まさに父と同じ境遇を思わせた。
だから私は、急に残酷な気持ちになった。
その男の「情熱」が、どこかにあることを確かめたいと思ったのだ。
かつては、妻に結婚を申し込み、子供を愛した、その男に、情熱の残り火のようなものを見つけたかった。
それは、自分の父に対する憤りのようなものが理由だったのかもしれない。
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社で、私の歓迎会が催された時も、彼は少し離れたところで黙って一人グラスを傾けていた。
「あれで、奥さんが出て行く前は、結構みんなと一緒に遊んでたんだけどなあ。」 社員の一人が言う。
私は、宴会も終盤を迎えた頃、そっと耳打ちした。 「この後、お時間取れませんか?」
彼は、不思議そうな顔で私を見た。
「仕事のことで相談があるんです。」 という私の言葉に、納得したようにうなずいた。
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「話って?」 「すみません。呼び出して。特にどうというのはないんです。ただ、主任って、あんまりしゃべったりしないから、どんな方かなっと思って。」 「別に。普通の男だよ。見ての通りだ。」
それから相変わらず黙って酒を飲み続ける男に、私は苛立った。
黙ってしばらくそうしていて。
それから、ふと気付く。
彼がグラスを口に運ぶ時の、せきたてられたように急ぐ、手つきに。
「少し飲み過ぎじゃないです?」 「説教か。」 「だって、明日も仕事ですよ。」 「いいんだよ。誰も私のことを心配してくれる者がいるわけじゃない。」
その時、見た。
男の赤くなった目のふちから、悲しみがこぼれ落ちそうだった。
「私が困ります。」 私は、男の手からグラスを取り上げると、立ちあがった。
男の目が、私の目を捕えた。
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そうやって、私は寂しい男に抱かれた。
どこからか、筋書きが狂って来たのを感じながら。こんなに簡単に、男の情熱が見つかるとは思わなかった。男の歯が、私の乳房を優しく噛む。懇願するように、私の体をきつく抱き締める。
男の愛撫は激しく、悲しみを叩きつけてくるように思えた。
私は、男の寂しさに胸打たれ、それから私自身の寂しい家庭を思った。
私達、似ている。
それは、同情なんだ、と思おうとした。彼への。自身への。
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翌日から、彼は見違えるように精力的に仕事をこなす男になった。それは、私のせいであることを、私だけが知っていた。だが次第に、周囲も気付き始め、いろいろな噂が流れるようになった。
私は、いたたまれなくなって、アルバイトを辞めると申し出た。
男は、「そうか。」と一言いい、それから、「夜、うちに来いよ。」とだけ。
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「私から去るのか。」 私に向かって言う、その顔は、怒りをたたえていた。
「ええ。」 「それでいいのか。私をこんなにしておいて。」 「こんなにって。」
あなたのほうがずっと年上だし、それに私を好きに抱いていたじゃないの。
「行かさないぞ。」 彼は、すでに随分と酔っていた。
それから、私の体を押し倒すと、その分厚い手の平が私の首に掛けられた。
その時、出会った頃の彼からは想像がつかないほど、彼のくたびれた表情の下にはさまざまな感情が身を潜めていたことを知る。
情熱は、月日と共に消え去ってしまうのではない。
情熱は、普段はなりを潜めていて、そうして、ある日流れこむ対象を得て激しく燃え盛るのだ。
ぼんやりとした頭で、なぜか彼の手を気持ちいいと思った。
そうして、私も、同情と呼ぶにはもっと情熱的な感情を隠し持っていたのだと気付く。
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