セクサロイドは眠らない
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2002年02月05日(火) |
私は、誰かに安心させてもらうことで埋めなければいけない穴がずいぶんと深いことを知る。 |
飛び降り自殺をする時、気をつけなければいけないこと。
それは、誰かを巻き込まないように、人気のない場所を選ぶこと。
本当に充分に気をつけた筈だったのに。
私は、もう、生きていても仕方がなかった。自分の絶望に気を取られ、フラフラとその手すりを乗り越えた時に、下を充分確かめていたかと言えば、その自信はない。
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強い衝撃の後、私は、気を失っていたようだ。
目を開けると、少年が私を覗き込んでいた。
「あら・・・?」 私は、一瞬どこにいるか分からずに、少年を見つめる。
「うん。今度から、気をつけてね。」 「あなたに迷惑を掛けてしまった?」 「僕は、大丈夫。丈夫にできているんだよ。それより、きみは?」 「大丈夫みたい。本当にごめんなさい。」
華奢な白い肌のその少年が、私を受けとめてくれたことは分かるけれど、でも、どうやって?だが、私は疲れ切っていて、少年に部屋の場所を告げ、何とか連れ帰ってもらうと、そのまま眠り込んでしまった。
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目を覚ますと、部屋ではお湯が沸いていて、少年がスープを作ってくれていた。
「冷蔵庫の中、何にもなかったでしょう?」 「少し、野菜なんかを分けてもらって来たから。きみは寝ていて。」 「ごめんなさいね。」 「どうして謝るの?大丈夫だよ。」
私は、その一言に、急に涙が溢れる。
なぜって、自分の貧しい部屋が恥ずかしかったから。それから、誰かに優しくしてもらうのは本当に久しぶりだったから。
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「ねえ。あなた幾つ?」 温かいスープでようやく一息ついて、涙もおさまって、落ち着いてしゃべることができるようになったのは、随分経ってからだった。
「僕?さあ。分からない。」 「すごく若いわよね。私より。」 「それはどうかな?」 「あなたもスープ、飲まない?すごくおいしくできてるわ。」 「僕は、人間の食べ物は食べないんだ。」 「って、あなた、人間じゃないの?じゃあ、なに?」 「僕?僕は。そうだなあ。ヴァンパイアみたいなものかな。」 「みたいな?」 「うん。僕は、自分が誰か分からない。でも、きみ達とは少し違う。そうして、きみ達は、僕みたいな者のことを、ヴァンパイアとか、そんな名前で呼ぶんだよ。物心ついた時から、僕は、ずっとこの少年の体のまま、歳をとらない。この体で、何百年も生きて来たんだ。」
私は、少し混乱して、スープの残りを黙って飲む。
「ねえ。僕が人間じゃないと知ったら、きみは僕を追い出す?」 少年の瞳が、悲しそうに私を見た。
私は首を横に振った。 「あなたよりずっと恐ろしい人を知ってるわ。彼に比べたら、あなたは怖くない。」 「ありがとう。」
少年は、ホッとしたように目を閉じて微笑む。その顔は、随分と疲れているようだった。
「あなたも疲れているのね?」 「うん。」 「ここに来て、一緒に眠る?」 「ありがとう。」
私達は、姉弟のように寄り添って眠った。間近で見ると、私よりずっと年上であろうこのヴァンパイアのシワ一つない肌が悲しそうで、私は、少し胸が詰まりそうになる。
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私は、何度も怖い夢を見た。
ここを出て行った男が、私を殴る夢。人から見えない場所をわざと選んで、殴る。
男が私の体に、残酷な印を付ける夢。
殴られても、髪の毛を引っ張られても、私は、男にすがり付いて行く。他にどこにも行く場所がない。
だが、男は出て行き。
そこで悲鳴。
暗闇が口を開けて待っている。
少年が、落ちて行く私の手を掴む。
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「怖かったの?」 少年は、私の髪を撫でた。
「ええ。夢で良かった。」 「夢だよ。本当じゃない。怖くないよ。」 私は、誰かに安心させてもらうことで埋めなければいけない穴がずいぶんと深いことを知る。
そうやって、日々は過ぎ、私達は幸せだった。
時折、少年は、「食事に行く。」と言って出て行くのだが、その姿を見られるのが嫌だと言って、出て行く時はいつも一人だった。
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ある夜。
少年が、いつものように食事に出て行った直後。
バタン。
と、ドアの音。
「誰?あなた?」 私が振りかえると、そこには、あの恐ろしい男が立っていた。
私は息ができなくなるほど驚いて、そこに座り込んでしまった。
「誰なんだ?あいつは。あの子供は?」 男は恐ろしい目で私をにらむ。
「戻って来たの?」 「ああ。ここは俺の家だ。いつだって戻ってくるさ。お前が、俺のいない場所でぬくぬくと眠っているのは、我慢ならない。」
男の手が私の肩を掴む。頬に熱い衝撃を感じ、強い力で抑えこまれて身動きができなくなる。
その時、少年が戻って来て。
「来ないで。」 私は、少年が殺されてしまうと思った。
「その手を離せよ。」 少年は、恐ろしい男に向かって行く。
その時、見てしまった。少年の美しい絹のような髪の毛が光の風をはらんみ、その目が男を見つめた瞬間、男の体から白っぽい固まりが少年の口に吸いこまれて行くのを。
その直後、男の体は床に崩れ落ち、みるみる崩れてその肉体は灰になった。
私は、口を開くことができないくらい怯えて、そこに立ち尽していた。
「大丈夫かい?」
私はうなずくことしかできない。
「見られてしまったね。」 少年は微笑む。
「僕は、もうここにいられない。出て行くよ。」
行かないで。
私の声は、声にならない。
「行かなくちゃいけないんだ。きみは、僕を怖がっている。僕がいけなかったんだ。一人が寂しくて。誰かのそばにいたくて、きみの寂しさに惹かれて。ずるずるるとここに居ついた。だけど、もう行かなくちゃ。」 「いやよ。」
私は、泣く。
「ねえ。僕は、どうして生きているんだろう、って思ってたよ。僕みたいな存在が、この世界で、本当に存在する意味があるんだろうか、ってね。」 彼は、出て行く。
私は、追っても意味がないことを知っている。
彼は、いつだって、風のように早く移動できるのだ。
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私だって、いつもここに生きている意味を考えていたわ。
恐ろしい力で閉じ込められるのではなく、誰かと触れ合って喜びを感じること。それで、私がここにいていいんだって初めて感じることができたのよ。
そう言ってあげれば良かった。あの、少年の最後の悲しそうな瞳を思い出すと、そんな風にいつも思う。
大事な答えが分かる時には、いつも手遅れで。
けれども、今度会えた時にでも。
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