セクサロイドは眠らない

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2001年11月14日(水) 男の技巧は、あの頃と変わらない。むしろ、この指。この唇。この匂い。

長いこと、少年の人形と暮らす。話し相手にと買ったその人形は、さして役にも立たない。長いこと一人暮らしをしていれば独り言がやけに大きく響くから、私は人形に話し掛ける。昨日と変わり映えのしない一日のこと。いまだ癒えない傷のこと。少年はただうなずくのみ。気の利いたことの一つも言えない。

誰も訪れない部屋は荒れて行くばかりだから、私は、彼に命じる。花に水をやってちょうだい。金魚に餌をやってちょうだい。ダイレクトメールは捨ててちょうだい。

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「あら。久しぶり。」
私は、仕事を終えて帰宅する途中、その男が私に向かって微笑んだのに気付いて、思わず胸が高鳴る。

「久しぶりだね。」
「ええ。」
「こっちにまた転勤になってさあ。支社が傾いてるから、立て直しで。」
「そうなの?」
「ああ。まいったよ。娘が受験だから、単身赴任さ。」
「大変ね。」
「また、飯、作りに来てくれよ。」

男が意味ありげに笑う。私は、自分の心に知らぬ顔ができない。そう。ずるい男。弱い私。

「きみは?まだ一人?」
「ええ。」
「恋人は?」
「いません。」
「きみみたいな美人が、恋をしてないなんてもったいないなあ。」
「恋なんて。もう、鉄の箱に閉じ込めて海の底に沈めちゃいました。」
「はは・・・。相変わらず、言うなあ。」

本当ですよ。海の底で、もう、一生開かれない筈でした。そんなものがあったことすら忘れようとしてました。なのに、沈めるのは随分と時間が掛かったのに、それはいとも簡単に蓋を開けて出て来てしまうものなんですね。

--

「ねえ。今日、あの男に会ったわ。」
「・・・・。」
「相変わらずだった。人の心なんか知りもしないで。いいえ。本当は知っててあんなこと言うのかしら。だったらひどいものね。」
「・・・・。」
「何とか言いなさいよ。」
「・・・・。」

人形は、哀しみをどこにも連れて行ってくれない。彼らは、自分をも、どこにも連れて行かない。夜、目が醒めると、人形は一晩中、そこに。そう。彼らは眠らない。夢も見ない。ただ、じっとそこにいてどこにも行かない。

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分かっていても、抱かれてしまう。

他にどうすれば、男と繋がっていられるのか分からない。「好きです。」という言葉をうっかり漏らしてしまわぬよう、慎重になりながら、さばけた女の演技をする。

「前より色っぽくなったな。あれから、たくさんの男に抱かれたのか。」
男がわざと好色な物言いをする。

「ええ。あなたよりずうっといい男達と寝たわ。」
私は悲しい嘘を言う。

「妬けるな。」
男は残酷な嘘で返す。

男の技巧は、あの頃と変わらない。むしろ、この指。この唇。この匂い。何も変わらない。何か変わっていれば、決別できたかもしれないのに。

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「私って馬鹿よねえ。」
「・・・・。」
「馬鹿だって思ってるんでしょう?」
「・・・・。」

人形は、黙って立ち上がり、金魚に餌をやる。

ふと、水槽に目をやると、金魚は死んで浮いている。

「馬鹿ねえ。死んでるじゃない。」
私は、腹が立って、思わず大声を出す。

死んだ魚に餌をやる人形と、死んだ恋に身をやつす女。

実際のところ、大層お似合いで。

何を言っても独り言なのだ。どこにも行こうとしない相手に、何を言ったところで。私は、部屋で独り言を吐き続ける。


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