セクサロイドは眠らない

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2001年11月09日(金) あなたのせいじゃないわ。いつだって、泣くのは、自分が可哀想だからよ。

「ねえ。この金魚ください。」
彼女が店の一番奥の水槽で一匹だけ泳いでいる金魚を指差して言う。

「これ・・・、ですか?」
「ええ。」
「いいですけどね。これ、奇形ですよ。」
「うん。だから、これがいいの。」
「それから、他の金魚と一緒に飼うと、喧嘩しちゃいますよ。どうも、こいつは他のと仲良くできないみたいで。」
「素敵ね。ますます気に入ったわ。」

尻尾が、妙にねじれて、動きの不自然な金魚。

「差し上げますよ。餌かなんか買ってくださったら、おまけに。」
「ありがと。」
「お客さん、変わってますね。」
「なんかさ、普通じゃないほうが可愛いよね。」
「そうかな。いや。そうですよね。」

金魚を大事そうに抱えて店を出る彼女は、足を少し引きずっているのに、僕は気付く。

--

それから、時折彼女は店を訪れる。

店の奥は、カウンターがあって、コーヒーを飲みながら泳いでいる魚を眺めることができる。

「ねえ。魚を飼う時、大事なことってなんだと思う?」
彼女が聞いてくる。

「水質管理?」
と僕が答える。

「ううん。それもあるけど。大きくし過ぎないことだと思うの。」
「なるほど。」
「大きくなり過ぎた魚って、すごく悲しいものだと思わない?」
「どうかな。で、あの金魚、元気?」
「ええ。すごく。ねえ。見に来ない?」
「うん。そうだね。」
僕は曖昧に答えながら、彼女のことを何も知らないと思う。どんなつもりで誘っているのだろう。すごく可愛い子なんだけど、付き合ってるヤツとかいるのかな。

--

彼女の部屋は、驚くほどなにもない。水槽があって、例の金魚が泳いでいる。

部屋に入ると、彼女が黙って服を脱ぐ。だから、僕は、彼女とセックスする。

彼女のどこが気に入ったのかと言えば、さして理由はない気がする。今までだって、こんな風に店に訪ねて来た女の子と寝たことは、何度かあった。彼女の考えていることはよく分からない。だけど、分からないくらいのほうがいいのだと思う。魚だって、何かを考えてひっきりなしに泳いでいるわけじゃない。泳いでないと生きていけないから泳いでいるだけだ。僕も、目の前のものに向かって泳いで行くだけだ。僕は、今までそうやって生きて来たし、それで取りたてて問題があったこともない。

「ねえ。」
彼女は、僕の胸に頭をのせて聞いてくる。

「ん?」
「足のこと。私の足のこと気付いてるでしょう?」
「ああ。」
「事故でね。それでね。すごく寂しい時はね。足を理由に、誰かに抱いてもらうの。でね。寂しくなくなったら、足を理由にお別れするの。」
「随分ずるいな。」
「ずるい?」
「ああ。ずるい。ま、僕が言うことじゃないんだけどね。」
「時々、目の前の人が、私のことを好きなのか、私の少し駄目になっちゃった足のことを好きなのか、よく分からなくなるの。」

たしかに。

彼女の少し不自由な足に、僕はときめく。

ああ。そうか。僕は、彼女の足が気になってるんだな。

同情なんだろうか?

彼女は、泣いている。

「どうしたの?僕のせい?」
「あなたのせいじゃないわ。いつだって、泣くのは、自分が可哀想だからよ。」

--

翌日も、店を閉めてから、彼女の部屋を訪ねる。気まぐれに寝ただけの女の子のところに二日続けて行くことは、僕にしたらめずらしいことだ。

ルームライトの薄明かりだけがついている。

彼女はいない。

尻尾の曲がった金魚が泳いでいる。金魚は悲しそうに僕を見ている。もしかして、きみが?金魚に聞いてみるけれど、何も答えない。


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