セクサロイドは眠らない
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2001年10月26日(金) |
そうすれば、きっと、あなたが失くしかけているものは、あなたの手に戻ってくるから。 |
もう、日曜日のデートはいつも、喧嘩めいた会話が増えて来た。最後には、肌に馴染んだセックスで、何とかお互いの気持ちが持ち直すというパターン。年下の恋人に、私はいつもイラついている。
「ねえ。だから、どうして、Nちゃんのためにあなたまで休日出勤しなくちゃいけなかったの?」 つい、とがめるような口調になる。
「同期の彼女がミスったんだから、手伝ってやりたかったんだよ。」 「でも、その前に私と約束があったんだし。」 「しょうがないだろう。仕事なんだから。」
私より2年遅れて社会人になり、「今、仕事楽しくってさあ。」と笑う彼。だんだん、私から遠ざかって行くような気がして、つい口うるさくなる。
「もう、いいわよ。前から思ってたんだけど。仕事のこととかで、最近すれ違いが多いじゃない?私達、ちょっと距離置いたほうがいいのかもしれない。私も、ちょっと疲れちゃった。」 「そうだな。俺も疲れた。」
ちょっと待って。喧嘩はいつも、拗ねた私を彼がなだめて、それで終わるんじゃなかったの?でも、彼の顔は本気だ。
「なんかさ、こういうのダラダラ繰り返すの、よそうよ。」 彼は、伝票をつかんで立ち上がると、私に背を向けた。
ねえ。待ってよ。追えば、追いつけるのに、私は妙に腹立たしくてそこを動けない。
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次の日曜日。いつもの待ち合わせの喫茶店に、彼は現われない。電話も繋がらない。あんな会話で、本当に終わっちゃったの?私は、軽いパニックを起こして、店を出る。
店を出たところで、トンっと、小さな女の子にぶつかった。
「ごめんね。」 慌ててしゃがんだ私を、その母親に手を引かれた小さな女の子はじっと見つめて、そうして手に持っていた赤い風船を差し出して来た。
「あら、いいのよ。」 私が言うと、そばにいた母親が 「もらってくださいな。」 と言った。
「でも・・・。」 「いいんですよ。風船なら、また貰えますから。」
それから、そっと私の耳元でささやく。 「この風船、決して手を離さず、あなたのおうちまで無事持って帰りなさい。そうすれば、きっと、あなたが失くしかけているものは、あなたの手に戻ってくるから。」
気付くと、私は風船を手にしていて、あの親子はどこにもいない。
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道をおばあさんが大きな荷物を両手に持って歩いている。私は、目をそむける。目が合ってしまったら、荷物を持ちましょうと言わないわけにいかないから。
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「あっ。」と思った瞬間、風船が手から離れる。すぐそばでビラ配りをしていた大学生風の男の子が、すばらしい瞬発力で、風船を捕まえてくれる。
「ありがとう。」 ほっとして、私は、手に戻った風船の紐を握り締める。
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小さな子猫がミイミイと鳴いている。思わず、手を差し伸べたくなったけれど、そこは我慢して、道を急ぐ。
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そうやって、私の手は汗ばむほどに堅く風船の紐を握ったまま、部屋の鍵をあける。さあ。これで、どう?風船はどこにも飛んでいかなかった。私は手にしたものを離さずに済んだわ。
だがしかし。
驚いたことに、風船は知らないうちに割れてしおれた姿で、握られた紐の先にぶら下がっているのだった。
「なんだ。あんなに一生懸命握ってても、割れちゃったら駄目じゃない。」 私は、苦笑して、くず入れにそれを捨てようとして。
ああ。でも。この風船は、世界でたった一つの風船だったのに、と、握り締めた手を額に当てて、しばらく泣く。
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