セクサロイドは眠らない

MAIL  My追加 

All Rights Reserved

※ここに掲載されている文章は、全てフィクションです。
※長いこと休んでいてすみません。普通に元気にやっています。
※古いメールアドレス掲載してました。直しました。(2011.10.12)
※以下のところから、更新報告・新着情報が確認できます。 →   [エンピツ自由表現(成人向け)新着情報]
※My Selection(過去ログから幾つか選んでみました) → 金魚 トンネル 放火 風船 蝶 薔薇 砂男 流星群 クリスマス 銀のリボン 死んだ犬 バク ドラゴン テレフォンセックス 今、キスをしよう  俺はさ、男の子だから  愛人業 

DiaryINDEXpastwill


2001年09月22日(土) 「きみは最初からないものを愛してしまったのかもしれないよ。本当の僕なんて、どこにもいないのかもしれないよ。」

なんて美しい人だろうと思った。長く艶やかな髪を後ろで束ね、きびきびとした足取りで歩く。何の装飾品も身につけず、いつもシンプルな濃い色のワンピースを着ている。華奢だが、長くすらりと伸びた手足。ふくよかな胸に母性を感じる。希望の大学を落ちて予備校に通い始めた私は、そこの講師である彼女を見て、胸が高鳴るのを感じた。生徒にも人気で、男の子達が噂しているのもよく聞いた。

恋?馬鹿みたい。女の私が女性に恋するなんて。ああ。でも、彼女は別。男とか、女とか、そんなことは関係なく、人間としてあまりに確かに色濃くそこにいて、誰にも真似できない。

なんとか、そばにいて触れていたい。

私は、授業が終わるのを待って、彼女にちょっとした質問をするようになった。わざと難しい数学の問題を探しては、彼女に差し出す。彼女が問題を読む時の真剣な顔も、なめらかに説明するその声も。大好き、大好き、大好き。

「・・・・・。というわけ。分かったかな?」
「はい。」
「じゃ、もうお帰りなさい。」
「あの。」
「ん?」
「ちょっとだけ、付き合って欲しいんです。進路のこととか、いろいろ相談したいんで。」
「進路のことだったら、進路指導相談のほう、申し込んであげましょうか?」
「いえ。先生に聞きたいんです。」
「いいわよ。じゃ、向かいの喫茶店に行きましょう。」

私は、二人きりになれると思うと、それだけで胸がどきどきしてくる。

カプチーノの泡をスプーンでつつきながら、私は、なかなか言葉が出て来ない。
「で?どんな相談?」
「あの。」
「ん?」
「先生のこと。」
「私?」
「うん。変かもしれないけど、好きみたいなんです。」
「あら。」
「すみません。進路のことなんかじゃなくて、先生のことが気になって。」
「悪いけど、私はそちらの趣味はないし・・・。」
「ええ。分かってるんです。私だって、男の子が好きな普通の女の子です。でも、先生は違うんです。」
「おかあさんとか、お姉さんみたいに、ってこと?」

私は首を振る。そうじゃない。あなたはあなただから。誰でもないあなただから。あなたが男であっても、女であっても、私はあなたが好き。ふと見ると、彼女のカップを持つ手が小刻みに震えている。

「大丈夫ですか?」
「え?ああ。ごめんなさいね。」
「あの。冗談とか。そういうんじゃなくて。見てるだけで幸せで。それなのに先生に触れてみたくなって、時々、辛くて涙が出そうになるんです。」
「・・・ないで・・・。」
「え?」
「触らないで。私には決して。」

彼女は、苦しそうにつぶやく。そうして席を立つ。私は慌てて後を追う。

「すみません。私・・・。」
背後から声を掛ける。
「いいのよ。今日は、私ちょっと調子が悪くて。また、今度お話しましょうね。」
ゆっくり振り向いて、彼女は弱々しく微笑む。

私は、とんでもない間違いをしてしまったらしい。ごめんなさい。背後から抱き締めたい衝動を抑えて、彼女を見送る。

--

もう、数日、彼女は予備校を休んでいる。私は、彼女の授業に代理の講師がやってくるたびに、気持ちが沈んでいく。私のせい?私のせいだわ。

思い余って、彼女のアパートを訪ねる。何度も何度も、チャイムを鳴らす。祈るような思い。

長い時間が経って、ようやくドアが開く。ボサボサの髪によれよれのジャージの上下を着た彼女。いつもあんなに身奇麗にしていたのに、と、私は少々驚く。

「来てくれたんだ?」
「ええ。ごめんなさい。」
「上がる?」
「いいんですか?」
「ご覧の通り、ひどい状態だけどね。」

彼女は、お茶を煎れてくれて。私達は、黙ってソファに並んで座る。

「間違って生まれて来た。」
長い沈黙のあと、彼女が口を開く。
「間違った容れ物に入って生まれて来たんだ。」

よく分からない。何のこと?

「本当は、女じゃなくて、男に生まれたかった。ずっと自分の体を呪って来た。
ずっと苦しんで来た。
たくさんの愛を拒んで来た。
誰にも言えなくて、ただ、男の体を取り戻すためだけに、必死で生活して来た。
女性のことも愛した。
だけど、この体が邪魔をするんだよ。この体を鏡で見るたびに吐き気がする。」
「あの・・・。私には良く分からないけれど。それでも先生が好きです。」
「そう。ありがとう。」
私は、冷たく震える彼女、いや、彼の手をそっと握る。

彼は、その手をそっと振り払う。
「これは、僕の本当の体じゃない。」

「とても疲れた。寝て起きたら、元通りの、男の体に戻っていたらどんなにいいかと思いながら、いつも目覚めてはガッカリするんだ。」
彼は、つぶやいて、私の肩に頭を預けて、目を閉じる。私も、愛する人の鼓動を聞いて、ようやく安らかな気持ちになり、まどろむ。

夢の中で、彼は男の肉体で、力強く私を抱き締める。彼の唇が、私の唇を包む。平たく筋肉のある胸と、たくましく勃起したペニスを、私は愛撫する。彼も、また、私の体を、そう、とても大切なもののようにそっと。彼の女性の体を知り尽くした繊細な指が、私の敏感な部分をいつくしむ。

--

「そろそろ帰りなさい。日が暮れてきた。」
彼は、私を起こす。

アパートの外は、夕日が。

真っ赤に燃えて、泣いているように。

「もう、会えないんですね。」
彼はうなずく。

「本当の僕になって、きみに会いに行くよ。」
「本当に?」
「ああ。本当の体を取り戻して。」
「それまで、信じていていいんですか?」
彼は、黙って私の目を見る。

「きみは最初からないものを愛してしまったのかもしれないよ。本当の僕なんて、どこにもいないのかもしれないよ。」
地面に目を落として、彼は言う。

「それでも、恋してしまったから。どうしても。恋せずにはいられなかったから。」
私は、泣いている顔を見られるのが悲しくて、両手で顔を覆う。

「もう行こう。」
彼は、私の肩にそっと手を触れると、私に背を向ける。

彼の美しい黒髪が揺れるのを目の奥に焼きつけて、私も、自分が帰る道を振り返らずに歩き出す。


DiaryINDEXpastwill
ドール3号  表紙  memo  MAIL  My追加
エンピツ