セクサロイドは眠らない
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2001年09月22日(土) |
「きみは最初からないものを愛してしまったのかもしれないよ。本当の僕なんて、どこにもいないのかもしれないよ。」 |
なんて美しい人だろうと思った。長く艶やかな髪を後ろで束ね、きびきびとした足取りで歩く。何の装飾品も身につけず、いつもシンプルな濃い色のワンピースを着ている。華奢だが、長くすらりと伸びた手足。ふくよかな胸に母性を感じる。希望の大学を落ちて予備校に通い始めた私は、そこの講師である彼女を見て、胸が高鳴るのを感じた。生徒にも人気で、男の子達が噂しているのもよく聞いた。
恋?馬鹿みたい。女の私が女性に恋するなんて。ああ。でも、彼女は別。男とか、女とか、そんなことは関係なく、人間としてあまりに確かに色濃くそこにいて、誰にも真似できない。
なんとか、そばにいて触れていたい。
私は、授業が終わるのを待って、彼女にちょっとした質問をするようになった。わざと難しい数学の問題を探しては、彼女に差し出す。彼女が問題を読む時の真剣な顔も、なめらかに説明するその声も。大好き、大好き、大好き。
「・・・・・。というわけ。分かったかな?」 「はい。」 「じゃ、もうお帰りなさい。」 「あの。」 「ん?」 「ちょっとだけ、付き合って欲しいんです。進路のこととか、いろいろ相談したいんで。」 「進路のことだったら、進路指導相談のほう、申し込んであげましょうか?」 「いえ。先生に聞きたいんです。」 「いいわよ。じゃ、向かいの喫茶店に行きましょう。」
私は、二人きりになれると思うと、それだけで胸がどきどきしてくる。
カプチーノの泡をスプーンでつつきながら、私は、なかなか言葉が出て来ない。 「で?どんな相談?」 「あの。」 「ん?」 「先生のこと。」 「私?」 「うん。変かもしれないけど、好きみたいなんです。」 「あら。」 「すみません。進路のことなんかじゃなくて、先生のことが気になって。」 「悪いけど、私はそちらの趣味はないし・・・。」 「ええ。分かってるんです。私だって、男の子が好きな普通の女の子です。でも、先生は違うんです。」 「おかあさんとか、お姉さんみたいに、ってこと?」
私は首を振る。そうじゃない。あなたはあなただから。誰でもないあなただから。あなたが男であっても、女であっても、私はあなたが好き。ふと見ると、彼女のカップを持つ手が小刻みに震えている。
「大丈夫ですか?」 「え?ああ。ごめんなさいね。」 「あの。冗談とか。そういうんじゃなくて。見てるだけで幸せで。それなのに先生に触れてみたくなって、時々、辛くて涙が出そうになるんです。」 「・・・ないで・・・。」 「え?」 「触らないで。私には決して。」
彼女は、苦しそうにつぶやく。そうして席を立つ。私は慌てて後を追う。
「すみません。私・・・。」 背後から声を掛ける。 「いいのよ。今日は、私ちょっと調子が悪くて。また、今度お話しましょうね。」 ゆっくり振り向いて、彼女は弱々しく微笑む。
私は、とんでもない間違いをしてしまったらしい。ごめんなさい。背後から抱き締めたい衝動を抑えて、彼女を見送る。
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もう、数日、彼女は予備校を休んでいる。私は、彼女の授業に代理の講師がやってくるたびに、気持ちが沈んでいく。私のせい?私のせいだわ。
思い余って、彼女のアパートを訪ねる。何度も何度も、チャイムを鳴らす。祈るような思い。
長い時間が経って、ようやくドアが開く。ボサボサの髪によれよれのジャージの上下を着た彼女。いつもあんなに身奇麗にしていたのに、と、私は少々驚く。
「来てくれたんだ?」 「ええ。ごめんなさい。」 「上がる?」 「いいんですか?」 「ご覧の通り、ひどい状態だけどね。」
彼女は、お茶を煎れてくれて。私達は、黙ってソファに並んで座る。
「間違って生まれて来た。」 長い沈黙のあと、彼女が口を開く。 「間違った容れ物に入って生まれて来たんだ。」
よく分からない。何のこと?
「本当は、女じゃなくて、男に生まれたかった。ずっと自分の体を呪って来た。 ずっと苦しんで来た。 たくさんの愛を拒んで来た。 誰にも言えなくて、ただ、男の体を取り戻すためだけに、必死で生活して来た。 女性のことも愛した。 だけど、この体が邪魔をするんだよ。この体を鏡で見るたびに吐き気がする。」 「あの・・・。私には良く分からないけれど。それでも先生が好きです。」 「そう。ありがとう。」 私は、冷たく震える彼女、いや、彼の手をそっと握る。
彼は、その手をそっと振り払う。 「これは、僕の本当の体じゃない。」
「とても疲れた。寝て起きたら、元通りの、男の体に戻っていたらどんなにいいかと思いながら、いつも目覚めてはガッカリするんだ。」 彼は、つぶやいて、私の肩に頭を預けて、目を閉じる。私も、愛する人の鼓動を聞いて、ようやく安らかな気持ちになり、まどろむ。
夢の中で、彼は男の肉体で、力強く私を抱き締める。彼の唇が、私の唇を包む。平たく筋肉のある胸と、たくましく勃起したペニスを、私は愛撫する。彼も、また、私の体を、そう、とても大切なもののようにそっと。彼の女性の体を知り尽くした繊細な指が、私の敏感な部分をいつくしむ。
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「そろそろ帰りなさい。日が暮れてきた。」 彼は、私を起こす。
アパートの外は、夕日が。
真っ赤に燃えて、泣いているように。
「もう、会えないんですね。」 彼はうなずく。
「本当の僕になって、きみに会いに行くよ。」 「本当に?」 「ああ。本当の体を取り戻して。」 「それまで、信じていていいんですか?」 彼は、黙って私の目を見る。
「きみは最初からないものを愛してしまったのかもしれないよ。本当の僕なんて、どこにもいないのかもしれないよ。」 地面に目を落として、彼は言う。
「それでも、恋してしまったから。どうしても。恋せずにはいられなかったから。」 私は、泣いている顔を見られるのが悲しくて、両手で顔を覆う。
「もう行こう。」 彼は、私の肩にそっと手を触れると、私に背を向ける。
彼の美しい黒髪が揺れるのを目の奥に焼きつけて、私も、自分が帰る道を振り返らずに歩き出す。
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