詩的エッセイ、つづっています。...笑 満ちる

 

 

頭を垂れる - 2001年11月26日(月)

母とは血がつながっているが、父は違う。
父と意見が合わないと、母と私の結束が固くなる傾向がある。

19でアメリカに渡るまで、母をいじめる父が嫌いだった。
何かと母をかばい、父を敵対していたところがある。

不和を絵にかいたような家庭だった。

渡米直前にひどい言い争いをして、父は私に
「日本に帰ってきてもうちに帰ってくるな」
と言い放った。

ある恩人に相談したところ、
「キミはアメリカに行きなさい。
 夫婦間の問題はあくまで夫婦が解決しなければ。
 娘として、母をかばうでもなく、父を憎むでもなく、
 一人一人の幸せを祈っていきなさい。
 その祈りは海を越えて通じるから、
 キミは安心してアメリカに行ってきなさい。」
と背中を押された。

アメリカでは一日も欠かすことなく父、母を単なる立場を越えて
それぞれひとりの人間としての幸せを祈っていた。
不思議なことに、渡米していたほぼ丸1年間夫婦げんかはなかったそうだ。

あの頃、必死で祈り現実に勝ち取った一家和楽。
帰国後はすぐに実家を出て独立した。
たまに帰る実家の父は、なんでも話せるよき相談相手になっていた。
判断に迷うことがあれば父に電話をしている自分がいた。

そして今、幸いにも再び両親と同居することになり、
まだたったの数日。
父を父親、という立場でしかみることができなくなりそうになっていた。
気づけば父の嫌な面をあれこれ口にしている母に同調していた。
別に母も、悪気があるわけじゃないだろう。
でも、母を味方、父を敵にまわしたところで何もいいことなんてない。

父の心境はいくばかりか?
それぞれが一個の人間として、
家族が家族らしく互いに尊敬しあい暮らしていくことは
あたりまえのようでいてこれがなかなか難しい。

渡米の折に誓ったように、
父の、そして母の幸福境涯を祈っていこうと思っている。

相手がどうか、ではない。
まず、自分が深々と頭を垂れることから始まるのかもしれない。
頭を垂れる、とは、「感謝」の二字に他ならない。








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