あかく咲く声*坂本×会富 - 2005年09月09日(金) 校舎の外の新緑が紅に染まり始めた頃、国分は辛島と付き合い始めた。教室から校門の方を見ると、2人の姿が見える。 「会富、顔がこわいわよ」 クラスメートに声をかけられて振り向くと、彼女は苦笑していた。だから私もつられて口元に笑みの形をつくる。 「そんなんじゃないわ。ただちょっと、悔しいだけ」 そう言ってにっこり笑うと、彼女は何のことだか分からない、というような顔をして「じゃあまた明日ね」と帰っていった。先日衣替えした制服のスカートがひらりと舞い上がる。視線を戻すと、二人の姿は既にない。 国分は最近綺麗になった。すごくすごく、綺麗になった。だから悔しい。 「それがあの狐のせいだなんて、癪にさわるわ」 てのひらを頬にあてて悪態をつくと、うしろでがたんと音がした。教室にはさっきのクラスメートと私しかいなかったから、不思議に思って振り返る。 「……今度は狸か」 「何のことだ?」 確か、坂本、という名前だった気がする。辛島と割と一緒にいることが多いこの男は、自然と国分との接点も増えて、そのため私の記憶に残った。しまりのない口元が印象的な、どこかひとを食うような雰囲気をもつ同級生。はっきり言うと、あんまり関わりあいにはなりたくないタイプだ。 「狐、って。辛島のこと?」 「え?」 「さっき言ってただろ?狐って」 「言ったけど…」 自分にしか聞こえないような独り言のはずなのに、気付かぬうちにボリュームが上がっていたのだろうか。確かに、その可能性は十分考えられるけど。 相手を見ると、そんな私の胸のうちを見透かしているのかいないのか、相変らず口角を微妙に上げてこちらを見ている。 何だか不愉快になって、私はぶっきらぼうに答えた。 「そうよ。辛島のこと。あいつ狐みたいだから、そう呼んでるのよ」 「ぶっ」 坂本は、突然笑い出した。友達のことを悪く言われて多少なりとも気分を害するかと思っていたのに意外だった。ぶっははは、と下品な笑い声を立てて男は大げさに体を折って笑い倒している。 「何がそんなにおかしいのよ」 半ば呆れながら聞くと、 「いや、実に的確に辛島をあらわしていると思って」 といって、ひいひい言いながら笑いをとめようとしている。おかしな男だと思い、私はこれ以上関わるのをやめた。手早く荷物をまとめ、「じゃあ」と言って男の隣を通り過ぎようとすると、 「待った。名前は?俺は坂本」 突然腕をつかまれて、振り返させられる。思った以上に力が強くて、驚いてしまう。 そのためか、勝手に口が動いてしまった。 「会富」 ふうん、と言って坂本は手をはなした。一瞬の出来事に混乱して放心状態の私の横をするっと通り過ぎて、「じゃあまた」と男は去った。 しばらくして金縛りが解けるみたいに体中の力が抜けていく。それと同時に、思考も正常に働き出す。すると、なぜだか猛烈に腹が立ってきた。 なんなの、あの男。 何様?! だけど怒りをどこにぶつければいいか分からなくて、悶々としたまま教室のドアをピシャリと閉めた。そのままぎゅうっと鞄を抱きしめながら、つかつかと廊下に足音を響かせる。 不愉快で奇怪な、坂本という男。 ニヤリ顔が脳裏に浮かんできて、ぶんぶんと首を振って外に追い出す。激しく憤慨しながら、私は心底思った。 ホントに、辛島関連でいいことがあったためしがないわ。 ...
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