「静かな大地」を遠く離れて
DiaryINDEXpastwill


2001年12月05日(水) 声という過剰

題:171話 フチの昔話21
画:キツネノボタン
話:なぜそんなに自分を抑える力が強かったの?

題:172話 フチの昔話22
画:メタセコイア
話:「お互い食い」と呼ばれる人食いの一族に属する者なのだ

なんか「お互い食い」ってネーミング・センス、宮崎駿アニメっぽい、
「カオナシ」とか、そういうやつみたいな…。
そんなことはどうでもいいんだけど、暖かいチセの中、外は雪景色
というシチュエーションで“お話”を語る/聞く幸福。
それを再現するように由良に“読み聞かせ”をオネダリする長吉。
この仲良し夫婦がお金のかからない道楽に興じているのは昭和の御代。

“お話”には共同幻想とか集合無意識とか、なんでもいいけどそういう
物語の範型に乗っかるものと、いかにも人為的にコトバチックに造った
ものと在って、ダメな現代作家のお話は頭でっかちなドグマを子供騙し
な話法で押しつけるという最悪なもの。子供はそういうのは目敏く察知
するらしい。…というような「人体実験」を子供相手に繰り返している
と「あのオジサンの言うことは信用できない」という至極真っ当な学習
をする結果になる、と書いている研究者がいたなぁ(^^;
世界を相手にその人体実験をやっているのが宮崎氏だったりして(笑)

時に“読み聞かせ”というのもスゴイことになっているみたいだ。
ナンシー関めいた分析をすれば、そろそろ読み聞かせブームに乗って
タレントとしての株価を復活させる芸能人が出てきてもおかしくない。
ま、別に世の女優さんが子の親になって、自分の子供にお話を読んで
聞かせるのは普通の行為なんだけど、つい職業柄それ関係のエッセイを
書いたりインタビューを受けたり、というケースが多い。

南果歩さんも『眠る前におはなし二つ』(講談社)という著書がある。
彼女の場合、もともと“タレントとしての株価”みたいなところと無縁
に生きてきた方なので、上の記述はまるで当たらない。
実力のある舞台役者さんで、映像方面でも活躍してらっしゃるけれど、
辻仁成氏と一児を成して離婚なさった後“明るい母子家庭”を営みつつ、
相変わらずのご活躍である(^^)
つい先日も紀伊国屋ホールでヘヴィーなお芝居を堪能させてもらった。

#最近文庫に落ちた辻さんの『五女夏音』(中公文庫)は「重ねるな」
と言われても果歩さんのことを重ねて読んでしまうし、同時期のことを
書かれた辻さんのエッセイを読んでも、ある部分、ノンフィクションが
含まれているようだ。リアルタイムの実生活を反映したユーモア小説の
ジャンルを模索した作品だが、あまり彼の“柄じゃない”感じがした。
実際ご本人も同系列の作品を書き継がれることはなかったようだ。

そのへんは宮本輝さんあたりのほうがお得意かもしれない。
老舗の美味い“おでんや”さんみたいな俗っぽさと円熟味があって、
他の誰にも真似できない領域に入っている。僕自身は宮本輝作品の持つ
倫理性というか箴言癖みたいなのを一時期までよく“服用”していたの
だけれど、最近はかつてほど真面目じゃなくなってしまったのだろうか、
池澤夏樹作品を梃子にして物事を考えることが多い。困ったものである。

それはともかく朗読、ないしは読み聞かせの話。
先日、古井由吉先生の朗読を拝聴する機会があった。贅沢な時間だった。
その精緻で深みのある独特の文体の作品群に触れたことのある人なら、
誰しも古井さんの聴覚の世界へのこだわり、いわば“耳の深さ”に
ついてよくご存知だろう。恐ろしく幽かな気配みたいなものへの鋭敏さ。
そして知る人ぞ知る、その声の深さたるや!

有能で魅力的な女優さんの声、老練で奥深い作家さんの声。
自分が魅力を感じる“声”について列挙してみたところで謎は解けない。
物語と身体の“あわい”に生じる波動としての声。
もしかしたら、いや言うまでもなく“意味”以上に我々を震わせるもの。
ヒトが声という過剰を持ったことの謎を、あまり機能主義的な人類学で
簡単に解けると思ってはイケナイ気がする。
言語を持ったことや、神という観念を孕んだこと、発情期を無くしたこと、
直立二足歩行などと同じくらいに、動物としては特異で不可解な事態だ。

いわんや、のど歌においておや!(笑)
ちなみに“のど歌の貴公子”嵯峨治彦君の数あるユニットの中でもっとも
ハートウォーミングな“野花南”のファンとしては、のど歌を核にした
物語を“読み聞かせ”ライブで是非やってほしい♪

南果歩さんが宮本輝の短編『幻の光』を一人舞台でやられたことがある。
僕が北海道に住んでいたころだったが、確か銀座博品館劇場まで観にきた。
モノローグで綴られる小説をまるごと“暗記”して演じられる、究極の
朗読、“読み聞かせ”。『華氏451度』の世界でさえあるかも(笑)
この舞台、来年の2月に三軒茶屋のシアタートラムで再演されるらしい。
うまくタイミングが合えば、数年ぶりに聞いて、感じてみたいものだ。

あと、誰か寮美千子作品『星兎』を一人舞台でやらないものだろうか。
上演時間およそ1時間30分くらい、もちろんヴァイオリンの生演奏付き。
大人の達者な女優さんの一人舞台で聞いてみたい物語だ。…う〜む。
ついキャスティングを考え出すと眠れなくなるので、本日閉店(笑)


時風 |MAILHomePage