「静かな大地」を遠く離れて
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2001年09月30日(日) |
「ちゅらさん語」の射程距離 |
題:108話 札幌官園農業現術生徒18 画:剃刀 話:六年を過ごしたここ北海道の方がよほど故郷らしく思える
「ちゅらさん」が終わりましたねー♪ 平良とみさんの本が書店に並んでたので見てみたら「ちゅらさん語」という 言い方で“「ちゅらさん」風ウチナーやまと口”を表現されていました。 「ゴーヤーマン」も「ゴーヤー」そのものも「国仲涼子」もポピュラーに なったけど、何をおいても最も浸透したのは「ちゅらさん語」だったかも。 沖縄ことば指導&ゆがふ店長の藤木勇人さん、お疲れさまでした〜!! “沖縄で朝ドラを”というお題は、想像以上に難題だったと思います。 それに考え得る最上級の回答で応えた脚本の岡田さんもお疲れさまでした。 そして楽しい「ゆんたく」に浸らせてくれたキャストの皆さん、ありがとう。
切通理作さんのサイトの掲示板に「ちゅらさん論」がアップされています。 アドレス↓をご紹介しておきますので、お早めに(^^) http://www82.tcup.com/8254/tirira.html
ちなみにここで最近よく話題にしている『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)、 最近読み終えたので先日、切通さん宛てにご挨拶のメールを出しました。 以下、その抜粋。
『宮崎駿の<世界>』大変おもしろく拝読いたしました! 新書というメジャーというか、ある種パブリックな場所でああいう アプローチを通してしまう切通さんのパワーに感服しました(^^; 「コナン」の各話レビューなんて、普通のオトナは載せませんよ(笑) でもオンエアーで見て以来なのに、「ああ、覚えてる、このシーン!」 みたいな感じで、下手にDVD見るよりエキサイティングでした。 そうした細部から積み上げる所説も説得力あふれて頼もしく読みました。 とかく“マス”を掴んでしまったが故に「好き嫌い」で云々されがちな 宮崎氏の仕事としっかり対峙する姿勢を読者に問う、良いお仕事ですね。 80年代はじめの『アニメージュ』などアニメ誌を耽読していた33歳の 僕にとっては、膨大な映像とインタビューを読み解きながら思索を練る 作業自体が、うらやましかったです。大変でしたでしょうけど。 自分のウェブ日記でも何か書こうと思いつつ、多忙に紛れていますが、 「読んでる」「面白い」とは何度か書いてるので、つられて読んでる人 は発生しているようです(^^)
『宮崎駿の<世界>』を読んでない方にも、上の僕の駄文と切通さんの 「ちゅらさん論」をお読みいただければ“プロの批評”の迫力というもの が伝わるのではないでしょうか。 切通さんとオキナワ、と言えば『怪獣使いと少年』(宝島社文庫)に所収の ウルトラ・シリーズ草創期の脚本家・金城哲夫氏という存在が大きい。 日本人にとっての「南」は、西欧人にとっての「オリエンタリズム」に匹敵 する難問。そのへんまで拡大した話は、また日を改めてしませう。 中島敦、パラオ、ポナペ、椰子の実、ムー大陸幻想、モスラ…みたいな線。
ちなみに以前「ちくま日本文学全集」という文庫サイズの中途半端にソフト な表紙の全集で中島敦の巻にエッセイを寄せたのは御大だったけれど、 最近でた中公文庫BIBLIO 20世紀なるシリーズで南島ものの短編と書簡を あつめた『南洋通信』という本、解説は佐々木譲さんです(^^) なんか、ちくま文庫の全集もってたはずなのに買ってしまいました♪ 以上は今日のところは、余談。
沖縄と北海道、南と北。 ニッポンの「周縁」にはまだ物語の発生源が在る。 それは微妙な問題を含むけれども、そのジェネレーターを稼働させて初めて 見えてくるものだってある。「ちゅらさん」が作られたことは幸福だった。 池澤御大が北海道に「着手」したのが時期尚早ではなかったか、などと危惧 めいたことを書いたりしたこともあるけれど、走りながら考えることにも 良い面はある。正に文明を問うような「同時代」の事件が起こったことにも どう反応しうるのか、シンドイこともあるかもしれないが完走してほしい。 今はメール配信の「新世紀へようこそ」も“ほぼ日刊”で書いてますし、ね。
明日からはじまる「ほんまもん」の次の「さくら」は、日系ハワイイ人社会 が舞台になるとか。ほんと、なんだか“スピリチュアル系”な場所選びに なってきましたね、だんだん。そのうちアラスカまで行ったりして(爆) では今夜は、10月1日に新しいステップを踏み出す貴方の前途に美しい虹が 架かることを念じつつ、おやすみなさい、そしてこれからもチバリヨ〜!!
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