「静かな大地」を遠く離れて
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題:105話 札幌官園農業現術生徒15 画:肥後の守 話:本当に座学の知識だけで充分であると思うか?
冷たくなった夜の空気に金木犀の香が混じりはじめたようだ。 深夜の短い自転車通勤が心地良い。 要領が悪いのか、雑事が際限なく続き徒労感に包まれる日々、 脳が夢みるヴァーチャルな理想と、身体の置かれた現場との 間の隔たりに今更ながらに途方に暮れる。
実践としての農、それが今日の『静かな大地』のテーマ。
表題の「成層圏の宮澤賢治」は、ずいぶん前に予告していた。 でも面倒になって書いてなかったネタ。 なにゆえ「成層圏」なのかという説明からしておこう。 僕はほとんどの宮澤賢治作品を、国際線の旅客機の上でしか 読んだことがない、というのがその理由。 そう言うともしかしたら格好つけに聞こえるかもしれない。 (いや、旅客機が飛んでるのは「成層圏」より下じゃないか、 とかそういうのはよく知らない。イメージとして、ね (^^;) そうではなくて、滅多に乗らない国際線の帰りの映画上映が 終わってみんなが寝静まる頃、欧州線ならシベリア上空こそ、 唯一宮澤賢治の作品(ならざる遺稿なのだが)を読みうる 特殊な意識状態になる空間なのだ。
地上では、あんなエキセントリックで時に退屈な世迷い事に、 シンクロできるような時空間を持っていない。幸いにして。 ジェット機という現代文明の利器に下駄を履かしてもらって ジェット・ラグ=時差と旅の疲労がもたらす変成意識状態で ようやく20世紀前半の花巻に生きた一個の奇人の世迷い事 にチューニングできる、というわけだ。
僕は長らく“宮澤賢治読まず嫌い派”どころか無関心派だった。 実際マトモに読んだのは20歳を越えて、仕事をするように なってからだ。きっかけは何だったか忘れたが、1992年 尾崎豊が死んだ直後に兄と東北を旅して、列車の中でずっと 『注文の多い料理店』の諸作品を読んでいた覚えがある。
95年に花巻とサハリンへ行った。 そのころには結構な宮澤賢治通になっていたと思う。 あいかわらず本人の作品はほとんど読んでいなかったのだが、 世に数多ある宮澤賢治本の中から、自分の嗜好に合うものを 見つけだして読んでいるうちに面白くなってきた。 NHKで「イーハトーブ幻想曲」という番組が放送されたのも 新鮮だった。難しい話一切抜きで、音楽との関わりだけから イメージ的に宮澤賢治を描いていた。 生誕百年の騒ぎの時に角川文庫からマイナーな童話遺稿を含む 10冊が刊行された。その後これを少しずつ“成層圏”で読む ようになって、このあいだのオランダからの帰りで読み終えた というところ。
以下は、“宮澤賢治読まず嫌い派”に捧げる、大人のための 宮澤賢治アプローチ指南のブックガイド、G−Who版です。 いつものように(?笑)あくまで「入門」ではありません。 以前“SFに馴染みの少ない方に”G・イーガン『順列都市』 という本を薦めたことがありますが、“SFに”馴染みがない 方にも愉しみやすい、と思っただけで読解や思弁のスキルには それなりに高度なものを前提としている、ということです。
*見田宗介『宮澤賢治 存在の祭りの中へ』(岩波現代文庫) 感性の世界を理論を以て読み解くこと、その作業にこそ最良の 詩的感性とでも言うべきもの、そして実践の心意気を要する、 そのことが純度の高い美しい本の形に結実した希有な一冊。 高校生に読んで欲しいという著者の願いは流石に無理か(笑)
*吉田司『宮澤賢治殺人事件』(大田出版) “宮澤賢治読まず嫌い派”の著者による変格社会派(?)の ルポルタージュ。書名は『宮澤賢治《神話》殺人事件』とでも 補足解題すれば、その内容と見合うだろう。ここでは以前、 「金子みすずのトポス」という話の時に少し触れたっけ。 神話を解体し尽くして初めて僕たちは賢治本人と対峙できる。
*西成彦『森のゲリラ宮澤賢治』(岩波書店) 御大が『本とコンピュータ』でクレオールに関心を持っている という話を書かれていた時、名前の挙がった研究者の西成彦氏。 『子どもがみつけた本』で、小泉八雲などの着実な研究を熊本 で長年されていた方だと知った。ポップかつワールドワイドな 視点から見た宮澤賢治の読解は痛快に面白く、切れ味抜群だ。
*中沢新一『哲学の東北』(幻冬舎文庫) 曲者の著者がほくそ笑む姿が目に浮かぶような起爆力あふれる 小さな本。“東北”を日本の地方名ではなく、四次元空間的な 抽象概念に変えてしまった。もはや宮澤賢治が「堅苦しい」 などと見当違いなことは言っていられない、パンドラの箱を 開けるような眩暈を伴うエロティックかつラディカルな一冊。
*演劇集団キャラメルボックス「ブリザード・ミュージック」 91年初演の成井豊氏作の舞台作品。上の4冊を経てなお真摯で 求道的な宮澤賢治像を身近なところに引きつけて感じたいのなら 心をまっさらにして客席に着くのが良い。今年のクリスマス公演 で再演される。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の 幸福はありえない」という前提にしか真に生きる道はないのか、 激しい風が吹く舞台上から聞こえる賢治の“声”に耳を済まそう。 とびきりハートウォーミングなキャラメルボックスの会心作。
うーむ、 …それはいいけど、『言葉の流星群』って本にしないんですかね?(^^;
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