「静かな大地」を遠く離れて
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2001年09月27日(木) 成層圏の宮澤賢治

題:105話 札幌官園農業現術生徒15
画:肥後の守
話:本当に座学の知識だけで充分であると思うか?

冷たくなった夜の空気に金木犀の香が混じりはじめたようだ。
深夜の短い自転車通勤が心地良い。
要領が悪いのか、雑事が際限なく続き徒労感に包まれる日々、
脳が夢みるヴァーチャルな理想と、身体の置かれた現場との
間の隔たりに今更ながらに途方に暮れる。

実践としての農、それが今日の『静かな大地』のテーマ。

表題の「成層圏の宮澤賢治」は、ずいぶん前に予告していた。
でも面倒になって書いてなかったネタ。
なにゆえ「成層圏」なのかという説明からしておこう。
僕はほとんどの宮澤賢治作品を、国際線の旅客機の上でしか
読んだことがない、というのがその理由。
そう言うともしかしたら格好つけに聞こえるかもしれない。
(いや、旅客機が飛んでるのは「成層圏」より下じゃないか、
とかそういうのはよく知らない。イメージとして、ね (^^;)
そうではなくて、滅多に乗らない国際線の帰りの映画上映が
終わってみんなが寝静まる頃、欧州線ならシベリア上空こそ、
唯一宮澤賢治の作品(ならざる遺稿なのだが)を読みうる
特殊な意識状態になる空間なのだ。

地上では、あんなエキセントリックで時に退屈な世迷い事に、
シンクロできるような時空間を持っていない。幸いにして。
ジェット機という現代文明の利器に下駄を履かしてもらって
ジェット・ラグ=時差と旅の疲労がもたらす変成意識状態で
ようやく20世紀前半の花巻に生きた一個の奇人の世迷い事
にチューニングできる、というわけだ。

僕は長らく“宮澤賢治読まず嫌い派”どころか無関心派だった。
実際マトモに読んだのは20歳を越えて、仕事をするように
なってからだ。きっかけは何だったか忘れたが、1992年
尾崎豊が死んだ直後に兄と東北を旅して、列車の中でずっと
『注文の多い料理店』の諸作品を読んでいた覚えがある。

95年に花巻とサハリンへ行った。
そのころには結構な宮澤賢治通になっていたと思う。
あいかわらず本人の作品はほとんど読んでいなかったのだが、
世に数多ある宮澤賢治本の中から、自分の嗜好に合うものを
見つけだして読んでいるうちに面白くなってきた。
NHKで「イーハトーブ幻想曲」という番組が放送されたのも
新鮮だった。難しい話一切抜きで、音楽との関わりだけから
イメージ的に宮澤賢治を描いていた。
生誕百年の騒ぎの時に角川文庫からマイナーな童話遺稿を含む
10冊が刊行された。その後これを少しずつ“成層圏”で読む
ようになって、このあいだのオランダからの帰りで読み終えた
というところ。

以下は、“宮澤賢治読まず嫌い派”に捧げる、大人のための
宮澤賢治アプローチ指南のブックガイド、G−Who版です。
いつものように(?笑)あくまで「入門」ではありません。
以前“SFに馴染みの少ない方に”G・イーガン『順列都市』
という本を薦めたことがありますが、“SFに”馴染みがない
方にも愉しみやすい、と思っただけで読解や思弁のスキルには
それなりに高度なものを前提としている、ということです。

*見田宗介『宮澤賢治 存在の祭りの中へ』(岩波現代文庫)
 感性の世界を理論を以て読み解くこと、その作業にこそ最良の
 詩的感性とでも言うべきもの、そして実践の心意気を要する、
 そのことが純度の高い美しい本の形に結実した希有な一冊。
 高校生に読んで欲しいという著者の願いは流石に無理か(笑)

*吉田司『宮澤賢治殺人事件』(大田出版)
 “宮澤賢治読まず嫌い派”の著者による変格社会派(?)の
 ルポルタージュ。書名は『宮澤賢治《神話》殺人事件』とでも
 補足解題すれば、その内容と見合うだろう。ここでは以前、
 「金子みすずのトポス」という話の時に少し触れたっけ。
 神話を解体し尽くして初めて僕たちは賢治本人と対峙できる。

*西成彦『森のゲリラ宮澤賢治』(岩波書店)
 御大が『本とコンピュータ』でクレオールに関心を持っている
 という話を書かれていた時、名前の挙がった研究者の西成彦氏。
 『子どもがみつけた本』で、小泉八雲などの着実な研究を熊本
 で長年されていた方だと知った。ポップかつワールドワイドな
 視点から見た宮澤賢治の読解は痛快に面白く、切れ味抜群だ。

*中沢新一『哲学の東北』(幻冬舎文庫)
 曲者の著者がほくそ笑む姿が目に浮かぶような起爆力あふれる
 小さな本。“東北”を日本の地方名ではなく、四次元空間的な
 抽象概念に変えてしまった。もはや宮澤賢治が「堅苦しい」
 などと見当違いなことは言っていられない、パンドラの箱を
 開けるような眩暈を伴うエロティックかつラディカルな一冊。

*演劇集団キャラメルボックス「ブリザード・ミュージック」
 91年初演の成井豊氏作の舞台作品。上の4冊を経てなお真摯で
 求道的な宮澤賢治像を身近なところに引きつけて感じたいのなら
 心をまっさらにして客席に着くのが良い。今年のクリスマス公演
 で再演される。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の
 幸福はありえない」という前提にしか真に生きる道はないのか、
 激しい風が吹く舞台上から聞こえる賢治の“声”に耳を済まそう。
 とびきりハートウォーミングなキャラメルボックスの会心作。

うーむ、
…それはいいけど、『言葉の流星群』って本にしないんですかね?(^^;


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