P-diary
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2001年06月07日(木) 鑑賞授業〜兵庫県立ピッコロ劇団第14回公演「雨かしら」

開演前。
舞台前面、ビニールシートが舞台と客席を仕切っている。
わずかな風圧気圧の変化によってゆらゆらと不思議な動きを見せるビニールの幕。
タイトルからして、ああ雨のイメージだなということはすぐ分かったが、そのあと、あのような使われ方をするとは。
客席の光を受けて、微妙に光を反射する様子が、何とも不思議な感じで面白い。

開演。
ビニールシートを雨に見立てる、というのはある意味予測通りだった。
が、降り込められた人々を表すには、本当にぴったりの雰囲気。
閉塞感、というのが伝わってくる。

一見二つの物語が同時に進行していく。。
一つは、「奇跡の人」上演を間近に控え、ぴりぴりした雰囲気で練習に励む、とある劇団の楽屋。
一つは、ある、普通の家庭。ただし、郊外に家を建て、父親は2時間半かけて通勤、家族の会話はない。
物語が進むにつれ、二つの場面が次第にリンクしてくる。

それぞれの場面で、役者の方々の手加減のない、エネルギー溢れる演技に思わず見入ってしまう。
特に、ヘレン(役の女優)とサリバン先生(役の女優)。
スプーンで食事をすることを教える場面で、抵抗するヘレンが次々とスプーンを投げ、逃げ回るシーンは、最前列ということもあって、迫力があった。

“父親不在”の家庭の会話も、面白い。
本来、舞台で会話をするときには、とにかく相手の言葉をきちんと聞いて受けとめ、返さなくてはならない。
これをいい加減にすると、会話の不自然さが生じる。
が、この場面はそれを逆手に取ったかのよう。
なにしろ、父親が一生懸命しゃべっても、家族には一切聞こえていない。
父親は会話に参加して、タイミング良く口を挟むのに、家族は一切反応しない。
これは、これで難しいことではないかと思う。

見ようとしないから見えない。
聞こうとしないから聞こえない。
しゃべろうとしないからしゃべらない。
そんな関係から、脱却したいと思っている人々。
あからさまにではなく、さりげなくそんなキーワードが見え隠れする。

が、正直、最後の方は、かなり混乱してしまった。
何となく、分かるような気はするのだが…整理がつかない。
もう一度見れば、分かったのかもしれないという気もする。
(実際、二度観た人のいたようで…いいなあ)

今回、最前列ということで、また、都合で本来本科生が観るべき日には観ることが出来ず、研究科の方々に混じって観ていたので、
そんなこともあって、ちょっとばかり緊張した観劇だった。
しかし、最前列のおかげで、舞台美術(幕の使い方、装置が移動する様子…)や、迫力ある演技を目の当たりにすることが出来たのは、勉強になった。

個人的には、職場でお世話になっている(といっても、まだゆっくりお話しさせていただいてはいないのですが…)“先生”がこんな演技をされる方だということを知ることが出来たのが何よりの収穫?でした。


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