ナナとワタシ
ナナとワタシ
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2003年05月04日(日) 音楽で埋める失われた時間

ワタシはジャズが好きでございまして。
とはいえマニアの方のような聴き方や蘊蓄ぶりはまったくできないのですが。
単に好き。聴くのが好き。いろいろと感じるのが好き。

ワタシのジャズ好きを知ったナナが、
「亡くなったパパ(父の方です)も、ジャズが好きだったなー、そういえば」と、ある日珍しくしみじみと話してくれたことがありまして。

「パパは道楽者でさ、着るものと音楽にはうるさい人で、あたしはまたそれがイヤだったんだけど。
生前はパパのこと大っ嫌いとしか思えなかったけど、じょりぃと話してると、パパがジャズ聴いてたときのこととか思い出すよ」


「パパに関してあんまりいい思い出ないけど、それでも日曜の午後とかにジャズ聴いてるときのパパはなんとなく好きで。あたしにジャケット見せながらなんかポツポツ話してくれたな、そういえば。興味なかったから、何話してくれてたかなんて、全然覚えてないけど」

「じゃあ、けっこう、コレクションしてたのかな」とワタシ。
「うん。信じられないくらいあったよ。レコード」
「うわ。 今、それないの?」
「家建て直すときに、みんな処分されちゃったみたい。もったいないね」
「ぐうううう。 も、もったいない・・・。今度実家に行ったときに、探してみてよ。
お父さんがどんなの聴いてたか、知りたいな」
「うん。そうだね。一応探してみる。でも期待しないで」

何しろ、蔵のあるような家でしたからね。ナナの実家は。
みーんな壊しちゃって、ナナ曰く「なんでも鑑定団に出せば(笑)値が付きそうなものもけっこうあったのに、叔父がすべて処分してしまったよ。もったいねー」ということだったので、まあ、期待はしていなかったんですが。
相手がナナですから、「ころっ」と忘れられてしまう可能性も大でしたし。

しかしその後しばらくして「かろうじて、これだけあった」と、ナナが何枚か持ってきてくれまして。
「あたしも聴いてみたいな。うち、レコードのプレーヤーないの。じょりぃ、ダビングしてくれる?」
「うん。もちろん。 ワタシも録らせてもらっていい?」
「もちろんどうぞ」

ナナが持ってきたのは、ジョン・コルトレーンが2枚、マイルス・デイヴィスが1枚、チャールズ・ミンガスが1枚、ディジー・ガレスピー&チャーリー・パーカーのものが1枚、渡辺貞夫が1枚、ジュリー・ロンドンが1枚という、モダン系のかーなーりーの充実なラインナップ。
まあ、ジュリー・ロンドンは気持ちアイドルというかお色気入ってるとはいえ、この人の声はいいですよ。
あとはクラシックが1枚。カラヤンによる「ドイツ音楽の旅」。オムニバスだけど、どの曲も素晴らしいです。
そしてなぜか「よいこのクリスマスとお正月」。
「これ、いいでしょ?(笑) これもちゃんと録ってね」とナナ。
ホントいいね、これ。

「コルトレーンだけは名前覚えてるの。曲は覚えてないけど」とナナ。
そんなわけで、ワタシが一番最初に針を落としてみたのが、コルトレーンの2枚のうちの1枚「My Favorite Things」だったのですが。

ワタシはジャズの中でもどちらかというと、モダン系よりも1920年代から1950年代くらいまでの、古めのモノの方がさらに好きなんです。モダンも好きですけどね。
こう、演奏してる人も、聴いてる人も楽しいという点で、昔のやつの方が好みなのでございます。

コルトレーンはモダン系になるわけですが、けっこう難解めな人で、自分から好んで聴いたことはなかったのです。

しかーし。

「My Favorite Things」は、コルトレーンにしてはやさしめの1枚でですね。
特にアルバムタイトルにもなっている「My Favorite Things」は、こう、聴いていて不思議な気持ちになれるというか、浮遊できるというか、穏やかだけど心許ない、という感じで。
知らない方は「JRの京都のCMで使われている曲」と言えばわかりやすいでしょうか。
「そうだ、京都行こう」の名コピーとともに、けっこう長く使われておりますよね。
(あのCMのはコルトレーンによるものではありませんが)
メロディは同じものですが、まるで別の曲でございますよ。

「My Favorite Things」・・・「私のお気に入り」でしたか、邦題は。違うかな。
「お気に入り」とはいうものの、なんだか自分をせつなく惑わせるような、そんなお気に入り。
見れば悲しくなるのでいっそどこかへやってしまいたいけれど、手放せない、みたいな。
そんな「お気に入り」。
この曲から受ける、ワタシの印象でございます。


ぶちぶちと、傷のためのノイズがたくさん入ったレコード。
ナナの父親は、どんな気持ちでもって、このレコード聴いていたんだろう、なんて、どうしたって考えてしまいます。
このノイズのうち、一体いくつのノイズを、どのノイズをナナの父親も聴いていたのかな、とか。
ナナがまだ20代の頃に、人生の幕を自ら降ろしてしまったナナのお父さん。
ワタシに彼の気持ちなど到底わかるはずないのですけれど。
もちろん、残されてしまったナナの気持ちも。
でも、こんな風に好きだった音楽を共有することはできるのです。
音楽って素晴らしい。月並みですけど。

何本かダビングしてナナに渡すときに
「どうせレコード聴けないんでしょ。これ(My Favorite Things)、ちょーだい」と、ずーずーしく切り出してみました。
モノに執着のないヤツですので「いいよ」とあっさり言うかなと思っていたら
「やるわけないじゃん(笑)」

そうだよな。と、なんだかホッとしたりして。


最近になって、ナナの気持ちに変化が出てきました。
「あんなに嫌いで拒絶していたパパのことを、最近はなんとなく懐かしく思うんだ。
考えないようにしてきたけど、当時は軽蔑していたパパの気持ちとか行動とか、今はなんとなく理解できるような気がしてきて」
「そう」
「なんか、パパが亡くなったことで、あたし、ずっと自分を責めていたフシもあったのね。
あたしが悪くてそうなったわけじゃ全然ないんだけど、何かできることがあったんじゃないか、とかさ」
「・・・・」
「全然悲しくなかったの。そのとき。それもイヤだった、自分で」
「・・・・」
「でも最近は、自分も許せるし、パパのしたことも許せるっていうか・・・・よくわかんないけど」
「うん」
「じょりぃが前、チェット・ベイカーのことでなんか書いてたじゃない? 最悪の人生になっても、その愚かさの中にもやさしさや愛しさや美しさがあるって。 なんかさ、ふーん、て思ったりしてさ」
「あう」 <恥ずかしいワタシ


「あたしの両親のこと、ほめてくれてありがとう。パパ(ダンナさま)ですら、言ってくれなかったから。
本当に嬉しかった」


ナナがどんな気持ちで「My Favorite Things」を聴いているのか、もちろんワタシにはさっぱりわかりません。
亡くなった父上の気持ちも。

それでもワタシは「何か」を埋めたくて、復刻版のレコードを手に入れました。
CDでなくて、どうしてもレコードがよかったのです。
ぱりっとした青いジャケットは、飾っておいても様になります。
「My Favorite Things」を聴きながら、青いジャケットを眺めながら、
ある親子の、お互い伝えきれなかったせつない気持ちに、思いを馳せるワタシであります。


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