日常些細事
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2003年09月09日(火) 母は強いな

 庭に奇妙な穴を見つけた。
乾いた地面にちょうど人差し指が入るくらいの大きさで、ぽっかりと口をあけている。穴の近くには掘り出した土くれが小さな山を作っていた。誰かの開けた穴であるのは間違いないのだが、何者の仕業なのかちょっと見当もつかない。
 しばらく見ていると、穴の中からもぞもぞ這い出して来るものがいる。
蜂だ。
体長3センチほどの蜂が1匹、穴から顔を出し、あたりを警戒するように触角を動かしていたが、やがてブーンと音を立てて勢いよく飛んでいった。
地面に巣を作って幼虫を育てる蜂がいることは知っていたが、こんな身近にいたとは。
するとさっき飛んでいったのは母親の蜂だろうか。
我が家はスズメや野良猫が訪れるほか、ミミズやバッタやダンゴ虫などが多数生息する、たいへん自然の豊かな家なのだが、どうも母親蜂はそういった昆虫を捕まえて幼虫のエサにしているらしい。
豊富にエサを食べて育った幼虫はやがて立派な親蜂に成長するだろう。
成長した蜂はまたうちの庭に巣を作って子供を育てるだろう。
その子供もうちの庭に巣を作るだろう。
我が家は蜂の乱舞する無法地帯となり、整体のお客さんは怖れて来なくなるだろう。
お客の来ない『高橋もんだる院』は廃業を余儀なくされ、私は失業してしまうだろう。
失業した私は40過ぎという年齢と性格の悪さから再就職出来ず、ホームレスとなって山陽新幹線の高架下で暮らす羽目になるだろう。
それは困る。
将来の破滅を予感した私は急いで穴を崩し、土をかぶせて埋めてしまった。
そのときだ。
目の前を、小さな影がさっと横切った。
思わず首をすくめる。
いつの間に帰ってきたのか、さっきの母親蜂が私の周りをぶんぶん飛びまわって威嚇しているのだ。今にも刺さんばかりの剣幕である。
あきらかに怒っていた。
蜂が喋れたらこう言ってたのじゃなかろうか。
「ちょっとあんたっ。ひとんちの玄関埋めてどうするつもりよあんたっ。刺すわよ」
刺されてはたまらないからあわてて家の中に避難した。
窓ごしに様子を窺うと、蜂は埋められた跡に降りたち、
「うんにゃろ。うんにゃろ。うんにゃろ」
と6本の足で力強く土を掻きだして、あっという間に穴を開け直してしまった。
 大した早業である。
 そして穴の中にもぐりこむと幼虫の無事を確認したのか、再び飛び立っていった。
 すかさず庭に下りて穴を塞ぐ。
帰ってきた母蜂は
「このこのこのこのこのっ」
猛烈な勢いで土を跳ね飛ばしながら、またしても穴を掘り返してしまった。
 私は庭の隅にころがっていたコンクリートブロックを運んできて、巣の上にどおんと置いてやった。
固いブロックではさすがの蜂も穴を開けられない。
夕暮れ迫る空を彼女は途方にくれたようにあちこち飛びまわるだけである。
勝ったな、と私は思った。
エサをもらえなくなった幼虫は遠からず地中で餓死することであろう。我が店が蜂屋敷となってしまう悲劇は避けられたのである。
私もホームレスにならずに済むというものだ。
その夜はおいしくお酒をいただきました。
 翌朝。
 さわやかな気持ちで庭を見る。
コンクリートブロックは昨日と変わらず蜂の巣の上に鎮座していた。
ところが。
「なんだこりゃ」
ブロックの傍らに新しい穴が穿たれているではないか。
例の母親蜂が自分と同じくらい大きな毛虫をぶら下げて飛んできた。獲物が重いのか妙によたよたしている。
 蜂は迷わずブロックのそばに着陸すると、憮然としている私などには目もくれず、重そうに獲物を引きずりながら穴の中へと消えていった。
 どうやら彼女、夜のうちに巣と地表をつなぐ新しい坑道を掘ってしまったらしい。かなりの重労働だったはずだが、可愛いわが子を死なせてなるものかと必死だったのだろう。
なんたることであろうか。 
 不本意ながら感心してしまった。
 昆虫でも母は強いな。


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