(仮)耽奇館主人の日記
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失恋の思い出話で鬱ってるバヤイじゃねえ。 新年早々、しかも、数年ぶりに奇怪な事件ときたもんだ。 うちの檀家の緊急呼び出しで、錦糸町のお宅へ駆けつけたら、孫息子さんがひきつけを起こして、医者でも手に負えないから何とかしてくれという。 で、檀家のおじいさんたち、ご家族も落ち着きを取り戻してもらいながら、事情を聞くと・・・ 孫息子さんが夜な夜な妙なものに怯えてるようだが、それが一体何なのかさっぱり分からんとのこと。 「夢に決まってんでしょ、そりゃあ。悪夢でひきつけ起こしたくらいで呼ばんで下さい。私ゃあ、これでも忙しい身なんですから」と私。 「わしもそう思ったよ、だけどねぇ、悪夢ってやつぁ、何日もたてつづけに見るもんなのかね?もう四日もこんな状態なんだよ」とおじいさん。 「四日!マジっすか。ううーん・・・お孫さん本人から聞くのは無理でしょうから、知ってることをすっかり聞かせてもらえませんか?」 そこで、おじいさんはエヘンと湿った咳払いをして、私を廊下に引っ張り出して、低い声で言ってきた。 「夢なのか、ほんとに見たのか知らんがね、毎晩毎晩、女の首がやってくるんだそうだ」 そこで私は思わずニヤッと笑ってしまった。 つられておじいさんは、苦笑いという形で唇を吊り上げたが、すぐに真面目な、困った表情に戻った。 「笑うのも無理ないわな、こんな時代にお化け騒ぎもないだろうからな。だけど、あの怯え方はただ事じゃないな。・・・その女の首がね、目を閉じたまま、窓からするすると伸びてきて、布団の中に入ってくるんだと」 「ろくろっ首ですかい?」 「さあ、どうなんだろう?それで、あんたにおいで願ったわけだよ」 「私ゃあ、ゲゲゲの鬼太郎じゃありませんよ。太郎だけは合ってますがね。女の首が目を閉じてたと言いましたね?」 「うん」 「中国の何とかいう志怪の本で、目を閉じた霊怪は生霊であることが多いってありましたな。逆に、死霊は目をぱっちり見開いてるんですよ、生者を恨めしく、羨ましく見つめるために」 「生霊って・・・」 「お孫さんの悪い夢でなきゃあ、誰かがお孫さんにえらく執着してるってことですな。生霊になってまでね」 「顔が分かれば・・・」 「そう、誰だか分かる。でもそれを見てるのがお孫さんしかいないわけなんです。結局は本人次第ですよ」 「それにしても・・・こんなことって、ほんとうにあるのか?なんでこんなことが?」 「私ゃあ、お化けに詳しいですがね、お化けがほんとうにいるなんて、これっぽちも思ってやござんせんよ。要はね、お化けを産み出す、人間の心が恐ろしいんでね・・・いいですかい、はっきり申し上げましょう」 ここで私もエヘンと湿った咳払いをした。 さっきから気づいているのだが、この家はやたら空気が澱んでいる。 「今回の原因は九十パーセント、お孫さんの悪い夢です。子供だけに、ちっと想像力がたくましいだけですよ。私も子供の頃は丸々一ヶ月もお化けに追われる夢見たくらいですからね」 「残りの十パーセントは?」 「お孫さんに生きながら取り憑いてる、『誰か』の執着心です」 そこでおじいさんは、ぐっと息を飲み込んだ。 「後でどんな顔だったか聞いてみるよ」 「名前が分かるような顔じゃないことを祈ってますぜ」
・・・・・・
そうして、私は錦糸町のお宅を後にしたのだが、百パーセント、お孫さんの想像力と言い切れなかったのは、子供の感受性が、大人の妄念をもろに食らって、ひきつけを起こすというケースを何度も見てきているし、私自身も体験しているからだ。 幼児期に、新潟に預けられていた時に、癲癇持ちの大叔母の「影」を嫌というほど見ている。 足が萎えてしまって、寝たきりだったのだが、時々廊下を歩いてきて、私と従姉が寝ている部屋へやってきていた。 その「影」の顔は、恐ろしくてまともに見ていなかったのだが、やはり目を閉じていたに違いない。 生きている本体が目を閉じていれば、生霊も見えるはずがないのだ。 それでも記憶を頼りに、うろついてくるのだから、その妄念ぶりがこの上もなく恐ろしい。 それにしても。 窓から目を閉じた女の首がするすると伸びてきて、布団の中に潜り込んでくるのを想像したまえ。 ほんとうにゾッとする。
現在、これを書いている今、私は再度の呼び出しに備えて、調伏の準備をしているところである。気休めなのだが、雰囲気たっぷりの演出ならそれなりの効果はあるだろう。 今日はここまで。
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