(仮)耽奇館主人の日記
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お寺から、年始回りで入谷、吉原、三ノ輪と回って、浄閑寺の辺りまで来て、祖父の愛人だった、老婦人と会った。 彼女は、遊郭で生まれ育って、昭和の遊郭たる赤線で客を取って暮らしていた、プロ中のプロである。 祖父が彼女を抱いた時は、祖父が五十いくつで、彼女は十いくつだったそうだ。 「あんたのおじいちゃんが初めてだったんだよ」と彼女。 「おや、そうなんですか」と私。 「あたしに“影太夫”と名づけてくれたのも、おじいちゃんさ」 「かげ・・・ですかい」 「そう、影のように男にぴったりくっついて、離れないからなんだって」 そうして、品よく、ほほほと口に手を当てて笑う彼女の、しわくちゃの顔の中に埋没した、瞳の眼光をじっと眺めていると、おんなの情念と艶っぽさはいまだ枯れずという印象を与えた。 「それで、なんでまた、久々にあたしに会いに来ておくれなのだえ?」 「いやあ、うちの子がね、美術面で花魁になりてえってんでね、その際は色々面倒見てもらえねえかと」 「へええ、ずいぶんまた奇特な子だこと。ようござんすよ、もちろん。あんたの頼みはなんでも聞きますよ」 「いや、どうもありがとうございます」 「おっと、その代わり、あたしの頼みごとも聞いておくれよ」 「ああ、いいですよ、なんですかい?」 彼女の瞳がキラリと光るのを見て、私はゾクゾクするような感じを覚えた。まさか、このばあさん、オレと姫始めをするつもりじゃないだろうな。 しかし、その懸念は杞憂に終わった。 「あたしの孫娘ね、高校を卒業したら、吉原で働くんだけど、何かいい源氏名考えておくれよ。そして、最初の客になっておくれ」 それで、また日をあらためて、孫娘さんと会うことになった。 帰る途中・・・ ほんとにあのばあさん、影だと思った。 それも、妖怪でいう影女である。 見かけはよぼよぼのしわくちゃなのに、影のように、いい女が漂ってやがる。 色々な意味でドキドキしてしまった。 でも、女がおんなというものを極めると、誰でも影のようになるのかもしれない。 それを祖父は見切って、影と名づけたのだろうか。
幽霊に 憑かれてこそや 男冥利
字余りだが、祖父は男女関係についてこんな句を残している。 私はなぜかニヤッと笑ってしまう。
・・・・・・
そして。 初夢は、お寺のいたる暗きところ、廊下の曲がり角や縁側の下、押入れ、天井裏、トイレ、風呂場などなど・・・ 黒光りしたところに、傘つきの裸電球のやわらかい光が投げかけられて出来る、淡い影のなかに・・・ 正体不明の、顔を髪で垂らし隠した裸の女が潜んでいるというものだった。 私は別に怖いとは思わなかったが、起きて、うとうとした夢うつつの状態で、布団のなかをもごもごとしていたら、布団の上をやわらかい女の肌がおおいかぶさってきた感触があったので、ほんとうに肝を潰してしまった。 すっかり目が覚めて、がばと飛び起きて、辺りを見回したが、何もいなかった。 今日はここまで。
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