(仮)耽奇館主人の日記
DiaryINDEX|past|will
2005年06月14日(火) |
追悼・倉橋由美子、あるいはミシマを愛した少女のこと。 |
先日、小説家の倉橋由美子が永眠した。 享年六十九歳。 新聞では「残酷童話」の作者と説明していたが、全く浅はかな見方である。 三島由紀夫、澁澤龍彦、中井英夫などに続く、我が国が誇る暗黒文学の巨星なのだ。 人間の暗黒面を描く上で、倉橋由美子の作風は、ストレンジという表現がよく似合う。 私が一番最初に読んだのは、「ヴァージニア」という短編だった。 これはヴァージニアという女子学生が男たちに自分の肉体を与え続けるという話で、当時中学生だった私に、決して自分のためではないセックスを続けるということで、沸き起こる芳しい謎の快楽を教えてくれた。 これは、今読んでも、なぜか泣けてくる。 「ポポイ」、「パルタイ」、「聖少女」などなど・・・ドアーズのジム・モリスンが歌う中で、倉橋文学を愉しんだ中学時代だった。 小説は作家の魂の内側を再構築したものであるがゆえに、作家もまた小説そのものであるという真理に従えば、倉橋由美子本人もストレンジな少女であった。 三島由紀夫の大ファンで、当時、楯の会を結成していた三島宛てに、「楯の会に入隊したい」と手紙を書いたそうである。 それに感激した三島は、直々に、楯の会の制服を彼女にプレゼントしている。 全く、微笑ましいエピソードではないか。 きっと、倉橋由美子は、泣き叫ぶほど感激し、感情の高ぶりがおさまると、姿見を前に、制服を着てみて悦に入ったことだろう。 ・・・・・・ そんな彼女の遺作は、テグジュペリの「星の王子さま」の新訳である。 このことを知った時、私は静かに、翻訳中の倉橋由美子の内部風景を想像してみた。
「たいせつなことはね、目に見えないんだよ・・・」
王子さまがそう言う時、誰もが胸を締め付けられるように、彼女も締め付けられながら、ふいに気づいたに違いない。 王子さまの言動と、三島由紀夫の言動があまりにもぴったり重なることに。 そうなのだ。 目に見えない美しいもののために疾走した二人は、あまりにも似すぎている。 それに気づいてからは、恐らく、彼女は三島への愛情を込めて、翻訳を続けたに違いない。 この六月の終わり頃に新訳が発行されるそうだから、今から読むのが待ち遠しくてしょうがない。 ・・・・・・ 倉橋由美子の魂のために、三島の魂のために、私は私の一番好きな「星の王子さま」の一節を繰り返し、繰り返し、朗読しよう。
「あんたたちは美しいけど、ただ咲いてるだけなんだね。あんたたちのためには、死ぬ気になんかなれないよ。そりゃ、ぼくのバラの花も、なんでもなく、そばを通ってゆく人が見たら、あんたたちとおんなじ花だと思うかもしれない。だけど、あの一輪の花が、ぼくには、あんたたちみんなよりも、たいせつなんだ」
目に見えないたいせつなものを、ストレンジな文体で書き続けてきた倉橋由美子。三島由紀夫を愛した少女の魂は、最期に、星の王子さまとともに静かに、静かに、倒れた。 彼女らしい逝き方である。 合掌。 今日はここまで。
|