毎日ストレスを溜めながらも書いている日記も、サイトを始めてから そろそろ2年になりますので、もうじき700回目の日記になりそう。 そうなんです。毎日欠かさず書いておりますから、それぐらいには なるんですね。そう考えると自分ながらよくやっていると感心です。
もしこの2年の間に入院したり海外出張したりすることがあったら 恐らくその間は日記の更新をすることができなかったでしょう。 つまり出張も国内、身体もそれなりに大丈夫ということ。割りと 平凡な毎日を過ごしているってことですね。
サイトを始めた頃は何を書いていいものやら悩む毎日で、とりあえず 題名を考えてから文章を書き始めるということをやっていましたが、 このやり方では題を考えるだけでそのうちネタ切れになってしまい、 自然な文章の流れを作ることができませんでした。
そこで悩んだ末に考えたのは、これは日記だから素直に日記を書けば いいんじゃないかということ。題名は書いた後に付け加える。文才の ない人にとってはこういう書き方の方が良さそうです。ネタがなくても 書いているうちに何を書いているのかが分かってくる。そういう毎日を 繰り返していると、そのうちに書きたい内容が頭のどこかで沸いてくる。
漠然と書いていて、どうやって締めたらいいのかわからず強制的に 終わらせることも多いのですが、簡潔に終わらせることを目的として いないので、いつまでもタラタラと書き続けていることもあります。 文章が長い時っていうのは考えがまとまっていない時。読んでいて イラついたら、時間がもったいないのでさっさと止めちゃって下さい。 飽きた文章を読み続けるほど辛いことはありませんからね。
自分が日記を書き続けているのは、コトウさんが詩を書かなきゃ死んで しまうのとは意味が違いますが、自分を何らかの形で表現したいという 模索の姿ではあります。ただ自分の場合は自己啓発のためなので、誰か に見てもらいたいというモチベーションはありません。文章を書くに あたって自分は何を言いたいのか、考えたいのかを模索していると言っ ていいのではないでしょうか。
毎日書いていると、いつか書いたことを繰り返し書くことがあります。 恐らくこの繰り返し書いていることっていうのは、自分の中で何らかの 考えを持っているということだと思っています。書くことでそれを確認 しているのかもしれません。で、そのうち何らかの結論を自分の中で 持つことになる。狙いはここなのかもしれません。
振り返ると、自分の日記で繰り返して書いているのはバブルの崩壊と デフレについて。社会人になって、通信ではありますが改めて大学の 経済学部に入学しました。入った頃は自分が何を勉強したいのかが わからず、ただひたすら研究の題材探しをしていたように思います。 この日記を書きながら、それが何なのかを探しているように思います。
そのうちこの日記も卒論に引用する時が来るんでしょうかね。 ということはそれだけ質の高い文章で書かなきゃ使えないってこと。
うーむ、一石二鳥を狙っていますが、何か?(こりゃ使えん罠)
はい。今日は晴れのち雨。(東京地方)
|