| 2002年10月24日(木) |
がんばれ。竹中平蔵。 |
ちまちまというか、しこしこというか。 部門予算を作るのは正直言って面倒くさい。とはいえ普通に当たり前に 作っている部門ほど細かく正確に配慮する必要が無いので自分ひとりで 作るとしても、予算表をじーっとにらめながら先に作り上げた見直し 予算書の固定費(主要費目ごとの数字)になるようにうまいこと数字を 決めていけばいいということになります。
その見直し予算書を作る時にも固定費の数字はそれなりの理由を持って 作っておりますから、その整合性を持たせるように個別の費目で展開 していけばいい。ただ細かいところでは数字の調整が出来ないので、 どこかで説明の出来ないところも出てきますが、そこは予算作成者 (つまりわたくしです)の思惑とポケットですから理屈で説明できない ところは自分が決めたと言うしかありません。ま、そのカラクリは 作った者しか分からないところがありますから、そんなに指摘される ものではありません。というわけで明日はその部門費のお披露目と 承認を求めます。少々甘めにしているから文句も出ないだろうな。
プロセスとしては見直し予算書を作るときに部門長が数字を上げてきて その数字を調整したものが予算書に織り込まれるべきですが、下期の 大枠の目標数字はあらかじめ決めていましたから、あとはそれを実行 するのみなので、細かいところであれこれ言っても始まらないという のが実態ですけどね。
さて今週は竹中大臣がやり玉に挙げられて吊るし上げにあっていますが、 あるいはWBSに出演していたリチャード・クー氏なんかも竹中大臣の 実行内容の間違いを指摘していますが、個人をターゲットにしたり、 間違いだと批判したところでこれまでの歴史が如実に語っているように 実効性のある対策が無かった、あるいは実体経済が見えていなかった ために間違った政策を行ってしまっていたと分かるのは過去の分析が できる現在だからこそ。当時は本当にやらねばならなかったことを語る 人がいたとしてもそれは異端的な見解であって実行するには及ばない、 議論としても取り上げてもらえない事だったように思えます。
しかも時間の経過とともにその当時では効果的であったろうことも、 今では効かない方法になってしまったりしているということは、今更 昔の事を言っても意味が無いということ。常識的には無謀とも思える ことを勇気を持ってやることが必要だと思われますが、そこは説明 責任が伴うわけですから、常に周囲の調整を伴います。そこに多くの エネルギーを消費してしまうもんだから、その段階で息切れになって しまって諦めてしまうという事もあります。今回はその傾向があります。
ある意味では「変人」小泉純一郎が抜擢した異端児と考えれば、この 竹中平蔵大臣は世の常識人が要望しない真の改革人なのかもよ。(笑) 自分はそのあたりに期待したいんです。個々の政策には多いに議論を 要する余地は残っているとしてもね。小泉内閣では時間制限でやって いるから即効性を重視していると思える。だから余計にそのきつさに 音をあげたくなるんですが、そこまでやらねば真の解決は無いという 姿勢の表われだと思いたい。
出来ないと批判をする事は簡単。でも出来るために何をすればいいのか ということを議論するのが今求められている事ではないでしょうか。 問題先送りはもういい加減うんざりだ。海外からの日本離れを促進 しないためにも、スピードのある実行力が必要だ。手続きが重要である 日本のシステムは柔軟性を持たせるべき時期が来ていると思う。 頭のお堅い人が壁になっているから容易ではないんだけどね。
がんばれ。竹中平蔵。
はい。今日は雨のち曇り。(東京地方)
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