銀行における ・資産査定の厳格化 ・自己資本の強化 ・ガバナンス(企業統治)の強化
銀行にはやるべきことをやってもらって、責任の所在をはっきりさせる、 退場してもらう企業には退場してもらうという強い姿勢だと思います。
株価だけで言うと、上場企業のウチ100円未満の企業の資産は約40兆円。 倒産割合から試算して10数兆円の引当が必要になるという議論。
この資産価格はあまりに大雑把過ぎますが、まず40兆円という数字につい ては数字をはじいたわけじゃありませんが、桁がひとつ足りないんじゃない かと思います。企業の資産価値を総発行株式の時価と評価するならば、あな がちはずれているとは思いませんが、定義をどうするかの問題ですね。
債務超過(負債が資産を上回っている状態)であるのは言うまでもなく、 その可能性が大きいところ、つまり資産の評価をきちんとしていなくて 数字の上ではあたかも利益が出ているような形をしているような企業を きちんと見ぬいて、しかるべき処置をしろ(つまり回収とか債権放棄とか) と言っているものと理解します。
これだけ言うと後ろ向きな方策ですが、経済の基盤となる銀行が企業に 対して当たり前のことをしてこなかったツケをきちんと精算しろということで、 企業は企業で市場から受ける評価を真摯に受け止めろということで。
これは確実に景気後退の政策です。 しかし、この後退を認めなければ不良債権の問題もデフレの問題も解決の 方向に向かうはずがないんです。延命のために責任の所在や損失処理を 明確にしてこなかったために、市場は異論を唱えているんでしょうし、 実体経済が耐えることのできない状態まで来てしまったと思えます。
竹中平蔵氏が金融担当大臣を兼務するということは、小泉総理が国民の痛みを 覚悟したということでしょう。覚悟したというのは支持率低下もやむなしと いうことです。国民から見離されるかもしれないというリスクを覚悟したと いうことです。一国の首相としては苦しい判断だったと思います。
少子化に突入して労働層の比率が低下していくことがはっきりしてるので、 以前のような経済成長は見込めないわけですから、経済成長時に策定した 計画は見直しをせざるを得ません。政治家の公約を守ることとは切り離して 考えなくてはなりません。政治家の考えを変えるためには国民自らの考えを 変えなくてはなりません。政策の転換期であるとともに国民の意識の転換期 であると思います。
誰もが自分の生活の質が低下することを歓迎する人はいません。 だからといってこのままでは近い将来に国家破綻になる可能性を秘めています。 日本に限ってはそんなことはないよというのならば、日本が持つ借金を誰が 返済するのか考えてみて下さい。国の借金は基本的には国のために使用する ものですから、その恩恵を預かった国民はその返済義務があるんです。 税収以上に支出が必要であったし、それを国民が望んでいたんです。(実際は それ以外のところも大きいのですが、話を簡単にするためにあえてそう言う。)
こういった風に考えてみると、国政や地方自治のおかしいところがいろいろと 見えてくるんじゃないでしょうか。少なくとも自分が支払っている税金が 効率よく使われているのかどうか、借金をするならば、その返済についての 見込みが正しいものなのかどうか、多少なりとも関心を持つことになるのでは ないでしょうか。
税収が落ちれば国民へのサービスも低下するのは当たり前だと捉えること、 それから収入が落ちれば生活の質も落とさざるを得ないことを認識すれば、 今、自分たちが受けている恩恵はどれほどのもんかということを感覚ででも 捉えられるんじゃないでしょうか。恩恵が大きければ大きいほど後世の 負担する割合が大きくなることを感じながら。
今の暮らしが良ければいいと思うか、後の時代のことを考えて今を暮らすか。 他の人がやったことだと第三者的に思うのはいいのですが、だからといって 責任者が明確になったとしても責任の全てを負えるわけじゃない。しかも 現状に至った責任は過去の人が行ったこと。結局、だーれも責任を取ること ないんですよね。そんな曖昧で不確定なことを追い求めたって無駄じゃん。
とかなんとか言ってもヤなもんはヤだよね。せめて激しく抵抗するのは 止めましょう。(笑)
はい。今日は曇り。(東京地方)
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