しむちゃんのつれづれ日記
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2002年09月15日(日) ゆっくりできた

昨日のゴルフコンペで痛んだ体は今日一日ゆっくり休んだおかげで復調。
明日からはさくっと仕事ができるでしょう。ってか、3連休でしたね。
試験勉強でもしようかね。それとも仕事の段取りでもしようかね。

「太陽の季節」は今日が最終回でした。
英子の死でドラマは終了するわけですが、なんだか終わり方が茶番劇です。
ドラマそのものは好きですが、竜哉や周りの人間の変化が大きすぎて
心境の変化を表すには時間がなさ過ぎです。ドラマの編成期間である
3ヶ月の間で表すのは難しかったかもしれませんが、これは脚本家の責任。
原作者である石原慎太郎東京都知事は期待外れと思っているかもしれません。

マクロでは変化を求めながらもミクロでは変化を嫌うこの時代において、
青年の揺れ動く心境の変化を表した小説を取り上げることで、沈滞した
ドラマを復活させようとしたかもしれませんが、時代が求める内容では
なかったかも。バブルの頃に「東京ラブストーリー」が流行ったのとは違い、
経済が沈滞したこの時期に「太陽の季節」は何を我々に訴えたかったか。

そんなことを考えながら見ておりましたが、感じるものが違う方向だった
かもしれません。主役の青年の心境よりもヒロインのひた向きで真っ直ぐな
心のほうに気持ちが行っていたかも。そんな人はいまどきいないなぁ、と。

でもドラマの制作側としては何でもいいから感じ取ってくれればいいという
ぐらいの気持ちだったのかな。原作の忠実度よりも視聴率のほうが気になる
ところでしょうから。とか言ったらプロデューサーは怒るかな。(笑)

持つ者と持たざる者との差が少なくなっていることが、この小説の忠実度と
視聴率の関係を狂わせてしまっているかもしれません。原作に忠実になれば
なるほど現実との差が大きくなりますから、見ている方からすると面白みが
少なくなります。現代版「太陽の季節」は時代背景の違いからストーリーを
変化させているように見うけられます。致し方ないことと妥協するよりも、
セットやロケ地など映像的に無理なものは別にしてこだわりを持って制作に
当たって欲しかった。スポンサー(東芝)の圧力は無かったと思いますが。

さて明後日は小泉総理の訪朝ですね。
毅然とした態度で北朝鮮の金正日主席との交渉では強気に出て欲しい。
あちらからバカにされないように。見下されたらおしまいです。
卑怯な行動をして相手との交渉におけるカードを作るなどするぐらいなら、
なんにもしないで悲劇の国としてアピールするほうがどれだけ説得力あるか。
経済的にも国力としても貧弱だからこそ求めるところが違っています。
今のままではただのカネむしり屋です。北朝鮮は。当たり前の話なんですが、
北朝鮮は理解できません。生まれ育った背景があまりに違いすぎるから。
でもモノ・カネ・ヒトの略奪でいつまでも生き延びられるとは思えません。
いつかは一人立ちできるように国政を考えてくれるように願うばかりです。

はい。今日は曇り。(東京地方)


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