| 2002年08月04日(日) |
見方はいろいろってことで。 |
何かをやり遂げたい、そんな気持ちが人を動かすんでしょう。 単純で刺激のない日々を過ごしていて、生きている実感が沸くでしょうか。 野心を持ってやっていることも、自分の気持ちの方向と反したことをやっていて、 それに気がついて葛藤しても野心を捨てることができないときはどう動くのか。
上を向いて歩いていると足元に何があるかわかりませんが、お金が落ちていようが 穴があいていようが、石が転がっていようが、そんなことも気にせずに歩いている ことが自分のやるべきことだと決めていれば、障害があろうがなかろうがズンズン 突き進んでいくことが自分の進む道でしょう。
これって戦後〜経済性成長のときの社会の雰囲気に近いんでしょう。 目的がありましたから。豊かになりたいって。
今はといえば、豊かになったことが当たり前になって、それを豊かだとは思わない。 目的もなく人とつるんでいることが自分の生きがいとなって独り立ちできない。 傷つくのがいやで自分を周りに迎合させて、自己の確立ができない。 少しでも人よりいいものを手に入れたくて借金して生活を壊してしまう。 理想を空想として現実に結びつけようとしない。(最初からあきらめてる) 苦労している人を見て蔑んでしまう。(自分はそうじゃないって思いたいからね)
生活においては平穏を求めながらも、個人としては変化を求めるのが人の心理。 これはなだらかな向上を求めているんです。急激な変化はダメ。
経済においても急激な変化は急激な変化に帰結します。 ただし破壊においてはその急激さは大きく、回復はそこまでは大きくない。 その変数は、通常期に対してはどちらも大きなものですから、その違いについては 何ら問題にはならない。U字もしくはV字になります。(あるいはその上下逆)
それがその通りにならなかったのがバブルの創出と破壊。 停滞した経済を活性化させるためには、減税やら景気対策やらありますが、手っ取り 早いのは破壊と創造。一度壊してしまって、改めて作り出すというもの。
戦争は経済復興の礎だと豪語する人もいるほど。しかも他国であれば尚ラッキー。 ひとんちで商売できますからね。自国のダメージなくして。 こんなアメリカ的思想は危険ですから日本においては馴染まない。
では、経済の領域で手を加えるにはどうしたらいいのか。それは一度高揚した国民の 意識を、大きく崩してしまうこと、これにより新たな創造を構築させること、しかも そうなったことで国は失墜しますから、これに乗じた外部勢力あるいは反対勢力が 権力を握ることを企むことも考えられます。戦時中の統制経済に異論を唱える一部の 日銀マンが理想とする自由経済を追求した結果がバブルの崩壊だという説もあります。
インフレ無き安定成長により国民経済を守るのが日銀の役目だと言うのなら、もし この説が正しいとするならば、その一部の日銀マンが行ったのは犯罪行為なのか。
いずれにしても、国民が前向きに経済を支えていくためには、明るい将来が約束 されていることが前提です。あるいは方向性に納得していることが前提です。 つらい時代も辛抱すれば明るい将来が見えてくると信じることのできる政治を皆が 望んでいます。そんな中での「太陽の季節」の放映は、何か意味があるのかもと 思ってしまうのはどうでしょう?石原慎太郎待望論の現れでしょうか?
若者の葛藤を表した作品といいますが、現在の国民の葛藤を投影しているのかもと 思うのは自分の勝手な解釈ですか?何をしたらいいのか分からずもがき苦しんで いる、そんな今の時代をこの作品を通して制作側が訴えたかったと思うのは言い 過ぎですか?
もしかしたら、このドラマのターゲットは若者ではなくて、バックに支援者をつけて それらの人たちのために貢献していると勘違いして既得権にしがみついている自民党 の面々かもしれません。いろんな意味で世相を反映しているといってもいいかもよ。 なーんて、とりとめもなく感想などを述べてみました。ドラマはまだ途中だけど。
はい。今日は曇りときどき晴れ。(東京地方)
|