| 2002年07月28日(日) |
生きてきた時代背景も関係ある? |
「抱きしめて、初めて気付いたんだ。 この壊れそうな小さなぬくもりが、こんなにも、いとおしかったってことを」
竜哉のこのことばに共感を覚える人は結構いるんじゃないでしょうか。 相手が大きいとか小さいとか、そういうことではなくて・・・。(笑)
この原作は’55年。翌年に日活で映画化されましたが、その時の反響が おもしろい。当時の朝日新聞の{声」より紹介してみます。
”芥川賞というパスポートをふりかざして、これでもか、これでもかとどぎつい 性の退廃を露出してくる男を、出版界や映画界が金もうけ主義のためにかつぎ 上げている様子、また世の大衆が、それを何の思慮もなく受入れてしまうこと、 はてはそれを世情なりと書き立てるジャーナリズム……私はかかる一連の現象が、 まだ彼ら(太陽族)ほど悪ずれしていない一般の青少年に与える悪影響を思うと せんりつせざるを得ない。(学生=1956.05.15)
それにつけても、ニガニガしいのは、世のいわゆる作家と称せられる人たちの、 このようなシンチャン刈りのアンチャン文学や、ただ特殊な人物をあつかったと いうだけで、何のとりえもない未熟な文学をかつぎまわる出版社のタイコもち的 な態度である。(学生=1956.05.17)”
映画化された「太陽の季節」について、ある学生は ”先日、不安とはずかしさをおして「太陽の季節」を見た。(1956.05.30)”
同世代の声としてこのようなものが紹介されているのがおもしろいんです。 これが大勢を占めているかどうかは別にして、当時はマスコミが取り上げて 騒いだほどには若者は評価をしていないということです。
作品が発表されたのは55年。高度経済成長を始める前の時代です。 昭和ひとけたの人たちが20前後の頃。自分の両親もこの世代です。 そんな人たちがこのような内容の小説にどのような気持ちで接したかというのは、 自分の親を基準にするならば、みんなでワイワイ見に行くようなシロモノでは なくて、後ろめたい気分やら好奇心やらで、複雑だったと思います。
一方では、戦後処理が済んでいないアメリカの影響を否定できない世の中で、 豊かな生活を求めて必死に生きていた人が多い時代だったと思います。 60年代安保の前ですし、東京オリンピックのずーっと前だしね。
自分も産まれる前なので時代環境はサッパリですが、戦後のベビーブームの 世代も小さかった頃。60代後半の世代ですもんね。55年に20才前後って。
今あらためてこの時期にドラマ化する意義は何だろうかと考えるまでもなく、 今じゃなきゃ人目に晒せない内容だからでしょう。ドラマではそれでも きつい部分はカットされていたりして、原作をそのまま表現しているとはねー。
ま、原作者は思うようにやれとゲキを入れているようですので必ずしも原作を 忠実に再現して欲しいわけではなさそうですし、今の時代の解釈が必ずある はずで、そこんとこは演出/脚本家vs出演者でしょうか。
今では無くしているような感覚を思い出させてくれるかも。 小さい頃から冷めた目で世の中を悟ったような感覚を持っている人たちが 興味を持つかどうかですね。ピンとこなければ視聴率もね。 でも滝沢くんが出演しているというだけで見ている人も多いかも。いいけど。 テレビってそんなもんやし。
はい。今日は曇りときどき晴れ。(東京地方)
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